幕間「由果の心情」
恋というものが、私は昔からわからなかった。
周りの女子が、少女漫画を読んできゃーきゃー言っていても、私にはどういうことなのか本当にわからなかった。
そんなことよりも私は友達と遊んでいた方が楽しかったからだ。
変わっているね由果ちゃんは、なんて言われても何が変わっているのかわからなかった。
確かに、私も将来は誰を好きになって、結婚して、子供を産んで、幸せな家庭を築き上げるんだろう。
でも、当時の私は遊び盛りな子供だったからそんなことは考えなかった。
いつもどこかで遊んでいて、日々のほとんどを家族か幼馴染二人と過ごしていた。
「あっつつ……んしょっと」
「あら? 由果。おにぎりを作ってるの?」
「うん。これから陣や秋久と遊びに行くから食べさせてあげようかなって」
あの事件が起きる前の楽しい思い出。
いつものように三人でどこかに遊びに行くことにしていた。
「ふふ。由果も女の子っぽくなったのね」
「え? どうして?」
この時のお母さんの言葉に私は本気でわからず聞き返していた。ただ二人のためにおにぎりを作っているだけじゃん、て。
「だって、今までの由果だったらお菓子を持って行ったり、お母さんに作ってって言うから。でも、今回は二人の男の子のためにわざわざおにぎりを手作りしてるじゃない」
「そうだけど。ただおにぎりを作ってるだけだよ?」
「うーん、やっぱりまだ由果にはわからないかぁ」
まあ確かに、この時の私はどうしていきなりおにぎりを手作りしたのか。
遊んでいるとお腹が空くから?
夏は水分や塩分を摂取しないといけないから?
お母さんに言われて、どうしてなんだろう……と本気で考えたけど。
「しょっぱ!?」
「塩おにぎりなんだから当然でしょ?」
「それにしてもしょっぱすぎるだろ! これなら俺の方がうまいって」
「な、なによー! せっかく作ってあげたのにー!」
この瞬間、理解した。
一生懸命作ったおにぎりを陣にまずいって言われたように思って、胸のところがちくちくとして……悲しかった。
「まあだけど、次は塩加減気をつけろよ?」
「わ、わかってるってば……つ、次は美味しいって言わせてあがるんだから!」
「はいはい、楽しみにしてますよー」
悲しかったけど、陣が全部食べてくれた時は嬉しかった。まあ、その後の言葉にムッときて悔しさもあったけど。
その時の気持ちがなんだったのか。
それをずっと考えながら過ごしていたある日。
私達の関係が崩れるあの事件が起こった。
その日は、陣も秋久も用事があったため私はどうしようかなと考えながらふらふらと歩いていた。
そこへ、中学生達が現れて無理矢理に私のことを人気のないところへ連れて行った。
抵抗しても、相手は男なうえに中学生。
小学生の私が敵うはずがない。
中学生達が言うには、陣にさんざん馬鹿にされた腹いせだという。
目が本気だった。
血走った目で、私のことを見詰め、服を無理矢理破き、抵抗しようものなら刃物で脅してくる。
怖かった。
誰かに助けてほしかった。
その時、最初に浮かんだのが……陣だった。そして、その瞬間理解した。あぁ、これが好きってことなんだって。
(助けて、陣……!!)
心の底から願った。
すると、願いが叶ったのか。陣がそこに居た。
本当に嬉しかった。
でも……。
(な、なんで? なんで助けに来てくれないの?)
視線は合った。
中学生達はまだ気づいていない。
陣は、遠くでずっと動かず、周囲を見渡していた。まるで、誰かを頼ろうとしているかのように。
当たり前だ。
陣の凄さは知っていたけど、それは小学生レベル。相手の方が人数が多く、刃物を持っている。
さすがの陣でも、無作為に突っ込んでは来ない。
けど、この時の私はどうして? どうして助けてくれないの? といつまでも助けに来ないことに絶望していた。
そうしている間にも、中学生達は下着に手をかけ荒い息を私に吹きかけていた。
「こっちです! 女の子が襲われているんです!!」
「ほ、本当なのかい?」
そんな時だった。もう一人の幼馴染である秋久の声と大人の男の声がした。
中学生達は、それを聞き一目散に逃げていき、私はゆっくりと地面に崩れる。
「ゆ、由果! 大丈夫? え、えっとともかくこれを着て」
「だ、大丈夫かい? お嬢ちゃん」
「秋、久……」
その後に来てくれたのは秋久と警察官だった。
陣へ視線を向けたけど、その時見たのは、走り去っていく瞬間だった。
警察官が周囲を確認している中、私は大粒の涙を流して秋久に抱き着いた。中学生達に襲われた恐怖と助かった安心、そして……好きな人に助けてもらえなかった悲しさ。
色んな感情が混ざり合って、ずっと泣いていた。
声が枯れるほどに……。
それからは、陣とはどこか距離ができた。
秋久は普通に接しているけど、私も陣もいつもと違う。
それにあの事件から秋久は、私に優しくしてくれていた。気にかけてくれていた。そうしている間に、徐々に魅かれて行って、ついには秋久から告白をされ……受け入れた。
陣のことが好きだったのに。もしかしたら、あの時の絶望を忘れるために誰かに寄りかかりたかったのかもしれない。現に秋久と付き合っている間は、私も自然と心が穏やかだった。
それから月日が流れ、高校生となった私は秋久と一緒の高校に入学。
陣は、私達を避けるかのように電車で移動しないといけないような高校へ入学した。
今の私達にとっては良い選択だと思った。
だって、同じ学校に居ても何を話すって言うの?
たまたま出くわしても、陣は昔とはまったくの別人かのように挨拶をしてきた。
私も私で、視線を合わせることなく冷たく接した。
それからしばらく経って、また陣と遭遇した。秋久を連れて街に買い物へ出かけた時だった。
陣は、可愛い女の子四人と一緒に居た。
それも凄く仲良さそうにしていた。
でも、見た限り陣は振り回されているようだった。
陣は言った。自分は変わったって。
(むかつく……)
女の子達と仲良くしている光景を見て、なぜか私はそう思ってしまった。
どうして? 別に私には関係ないことなのに。
もしかして、まだ私は……ありえない。
あんな奴がどこで誰と何をしてようが、もう私には関係ない。
関係ない、はずなのに……どうしてもやもやしているんだろう。
あの時から上の空になることが多くなった。秋久も家族も、友達も心配してくれている。でも、その理由を私は言わなかった。
家族にも……恋人の秋久にも。
「私って……めんどくさい女なんだな」
「由果?」
「あ、ううん。なんでもない。それじゃあ、帰ろっか秋久」
「う、うん。あ、そうだ」
また上の空だった。部活にも入っていない私は、放課後だというのにずっと自分の席で空を見上げていた。そこへ、用事を済ませてやって来た秋久に声をかけられ帰り支度をしていると。
「実は、この前なんだけど。陣と連絡先を交換したんだ」
「……陣と?」
秋久は本当に嬉しそうに話してくれた。携帯電話を手に入れてからずっと知らなかったもう一人の幼馴染の連絡先。
別に知らなくても不便はなかった。
だから知ろうともしなかった。
「……陣もずっとあの時のことを後悔している。でも、前に進もうともしているんだ。ちょっと、変な方向に行っているみたいだけど。だから」
「わかってる」
「本当か? なら、良いんだけど。その……なにか心配ごとがあったら僕に相談してほしい。これでも彼氏、だから」
秋久は、ずっと私のことを考えてくれていた。優しくしてくれていた。
なのに私は……。
「うん。頼りにしてる」