第十九話「幼馴染として」
「ほーれほれー、もっときびきび動けないのかー」
「あの、な! これ、でも! 結構! 凄いだろ……!」
それは昼休み時。
昼食を食べ終えた俺達は、暇つぶしをしようということで話し合いが始まったのだが。どういうわけか、俺がどれくらい鍛えているのかと言う話になり。
「確かに、陣後輩は凄い。良後輩を背に乗せながらもう二十回も腕立て伏せをしているからね」
そう。現在俺は、佐々倉を背に乗せて腕立て伏せをしている。
体育館倉庫裏でやっているので、なにかいけないことをやっている気分だ。そもそもこんな姿、誰かに見られたくない。
「これでも! 妹を背負って屈伸とかもやっていたからな! とは、いえ! 中々きつい!!」
「えー? それってあたしが太ってるって言うのかね? ん?」
「確か、良の体重はこの間測った時はよん」
「おいこら。乙女の体重を勝手にバラさない」
背負って見て感じたことだが、佐々倉は結構軽い方だろう。
身長はこの中だと俺の次に高い。
おそらくだが、百六十はあるだろう。その次に筒田、天澄と続き圧倒的に低いのが紫之宮先輩だ。まあ圧倒的に軽いって言えば紫之宮先輩が一番に来るだろうけど。
「でも佐々倉さんの体型ってすらっとしてて羨ましいかも」
と天澄がぼそっと呟く。
確かに、佐々倉はすらっとしていてモデル体型だ。胸も適度に大きく、足も長い。
「それを言うならあたしはあんたら二人が羨ましいけどね」
「え? うちも?」
「な、なんで?」
俺の上に乗っかったまま佐々倉はどうやら天澄と筒田を示したようだ。二人の共通点と言えば……なるほどそういうことか。
「ふむ。確かに、二人は女子から見たら羨ましいものだね」
「し、紫之宮先輩まで。どういうこと?」
「わっかりません!!」
天澄の方は素でわかっていないのだろうが、筒田はどうだろう。もしかしたらわかっていて、とぼけているのかもしれない。
そんな反応に佐々倉は、俺から飛び跳ねるように離れ、筒田のあるところを……鷲掴みにした。
「この胸のことですが、なにか? ん? わざとらしくぼよんぼよんと揺らしくれやがって」
「きゃー! セクハラですー!!」
「……」
天澄もようやく理解したようで、静かに自分の胸を見詰めながらそっと触る。
「私の見立てでは、ゆえり後輩の方が大きいように見える。こころ後輩もなかなかのものだが」
「先輩! うちは美乳なんです!! 実際に見てもらえればわかります!!」
佐々倉に揉まれながら叫ぶ筒田。
そんな中、天澄はわ、私はどうなんだろう……と自分の胸を揉みながら呟いていた。
「あの、そういう話は俺がいないところでしてくれますか?」
俺も男なんで、そういう話をされると色々想像してしまうっていうか。
「一色くんは、おっぱいに興味あるの?」
「え?」
天澄からとんでもない言葉の爆弾が投下されたことにより周囲が静寂に包まれる。
数秒の後、天澄も自分は何を言っているんだろう!? と一気に顔を赤くし、紫之宮先輩の後ろに隠れてしまう。
「それで、陣くん。おっぱいに興味ある?」
「そりゃあ、男だから興味はあるでしょうよ。ね、陣」
「……勘弁してくれませんか」
そして、微妙な空気のまま昼休みは過ぎていく。
天澄は、ずっと自分の発言を気にしており、終始俯いたままだった。
・・・・
今日もなかなか濃い一日だった。
そんなことを噛みしめながら歩いていると。
「あれ? 秋久」
秋久が、公園前に立っていた。
由香は、いないみたいだけど。
「陣。少し、話さないか?」
そう言って、缶コーヒーを掲げる。俺は、静かに頷き公園内にあるベンチに並んで腰かけた。
「それで……なにか用か?」
秋久が待っているなんて思いもしなかった俺は、ぬるくなり始めている缶コーヒーを握り締めながら問いかける。
しばらくの静寂の後、秋久は口を開いた。
「実は最近、由果の様子が変なんだ。あの時……陣が今の友達と一緒に居たところに遭遇した時から」
皆で買い物に行った時か。
「変って、どんな感じに?」
「どこか思い詰めているっていうか。そこにはいない誰かを見ているっていうか……」
由果は、あの事件以来元気な子からクールな子へと変わっていった。ただそれは、秋久と付き合うために女の子らしくなろうとしている。
そう周囲は、思っていた。
実際、頭がよく気が利く秋久と釣り合っていると言われていた。
「学校で何かあった、とかじゃないのか?」
「いや、別にそんなことは。普通に生活しているし、僕が話しかけてもちゃんと反応してくれる」
思い詰めている、か。
俺が思いつくことと言えば、やっぱり俺達の関係、だよな。
ずっと二人から距離を取って生活していた。
偶然会ったとしても、軽く挨拶をする程度。
秋久は、昔と変わらず接してくれるが、由果の方はまるで俺のことを見ていない。
「悪い。頼ってくれたのに、なにも思いつかない。けどさ、そんな時こそ彼氏であるお前の出番だろ? 色々と苦労するかもしれないけど、ここが男を魅せるところだ」
「お、男って……僕にそんなこと」
完全に無責任だと思う。
秋久が由果と付き合っているからって、学校が違うからって……やっぱり。
「ま、まあでも。なにかあったら、今回みたいに頼ってくれ。……ずっとお前達から距離を取っていたけど。これからは少しずつでも関係を修復したいって思ってるんだ」
「陣……」
昔のような見てみぬふりをして何もしない俺にはならない。
今更って感じだけど、二人の幼馴染としてなにかしてやりたいって。
「そ、そうだ」
俺は慌てて自分のスマホを取り出す。
「今のままじゃ不便だろ? 連絡先、交換しないか?」
「ははは。そういえばずっと知らないままだったね」
まあ、親を経由して聞くってこともできたんだけど。
互いにしなかったのは、やっぱりこうやってちゃんと交換し合いたいって思っていたからだろう。
「……これで」
「ああ。なにかあったらいつでも連絡できる」
長かった。ずっと一番近くに居たのに、ようやく連絡先を交換できた。後は……由果だけ、か。
「そ、そういえば秋久は高校でどれくらい連絡先を交換したんだ?」
「え? そうだね……先輩も合わせて二十人は交換したかな」
「に、二十人……」
圧倒的な差を知り、俺は自分の無力さを実感した。
「僕なんてそんなに凄くないよ。というか、陣の方が凄いと思うけど。僕は交換したって言ってもほとんど男子だし」
「お前まで、俺のことをハーレム野郎とでも言いたいのか!?」
「言わないよ! というか、言われたの? ハーレム野郎って」
「学校にも広まってるよ……」
「た、大変そうだね」