第一話「良いことがあった」
「いってきます」
いつものように、俺は家を出る。
そして、自転車に乗り駅へと向かう。
「……」
その途中で、必ず目に入るのは由果の家。
彼女はまだ家の中だろう。
俺は、電車に乗るため彼女よりも早めに出るため、出くわすことはない。
極々普通の家庭に生まれた由果。
父はサラリーマンで、母は専業主婦。そして、猫を二匹飼っている。
一瞬止まったが、俺はすぐ自転車を走らせる。
由果を通り過ぎ、すぐ目に入るのは秋久の家。周囲の家よりも少し大きな家で、広い庭がある。
秋久の家族は、父が会社の社長、母が大学の講師。
姉は母が講師をしている有名大学に通っていて、モデルをやっている。まさか現実にこんなすごい家族が、それも身近に居るとは。
子供の頃は、何にも思わなかったが、今となってはとんでもない奴が幼馴染だったんだなって思うよ。
「おはよー!」
「今日もいい天気だよねぇ」
自転車を走らせていると、あちこちから学生達の声が聞こえる。
「なあ、今日の放課後どっか寄ろうぜ!」
「そうだなぁ。昨日はゲーセンだったから」
本当に楽しそうに会話している。
俺も友達がいないわけじゃないが、俺が通っている高校には中学までの付き合いだった連中はいない。
だから、完全にゼロからのスタート。自分で選んだ高校とはいえ、いまだに友達はできていない。
「わー! そのアクセ可愛いね。どこで買ったの?」
電車に乗っても学生達は、朝だというのに楽しそうに会話をしている。朝の登校時間、夕方の下校時間にはいつもこうだ。
学生達の楽しそうな姿、社会人達の静かな姿を目にする。
「あっ、どうぞ」
乗り込んできたおばあさんに気づき、俺は席を譲る。
「おや、ありがとうね」
「いえ」
それからはつり革に手をかけ、降りる駅までゆらゆらと。
(ん?)
なにか視線のようなものに気づき、左へ気づかれないように視線を向ける。
そこで目に入ったのは、金髪碧眼の少女だった。
黒髪や茶髪がほとんどなこの電車の中では、いやでも目立つ。それに加えて、かなりの美少女だ。
(えっと、確か同じクラスの)
そう。確か、同じ高校、同じクラスの名前は……天澄ゆえりだったか? かなり浮いている存在で、噂ではかなり危ない遊びをしているとか。
見た目は派手だし、スタイルもいいが、寄せ付けないオーラをいつも発しているため、誰も話しかけられないので噂が本当かどうかは謎だ。
(まさかな)
視線の正体が彼女なわけないか。
気のせいだと思っていると、降りる駅に到着する。
ここから徒歩で十五分。
となり町なんて子供の頃は滅多なことがない限り来なかったけど、だいぶ都会って感じだよな。
俺が住んでいる梓川町もそれなりに都会だが、となり町の夕羽町も負けていない。
「ねえ」
そういえば、近々テーマパークができるんだったな。
まあ、俺には関係ないけど。
「ちょ、ちょっと! ねえったら!」
「え?」
ぐいっと制服を引っ張られ、無理やり停止させられる。
なんだと、振り替えると。
「君は」
天澄ゆえりが、むっとした表情で立っていた。
なんで、彼女が。
「こっち来て」
「え? え?」
なぜ呼び止めたのかという理由を言わず、俺を引っ張っていく。
俺はただただ彼女の後ろ姿を見詰めながら、着いていく。
一分ほど移動し、辿り着いたのは近場の公園。
都会のわりに、緑豊かで俺も何度か訪れたことがある。
「あの、どういう用ですか?」
おっと思わず敬語になってしまった。
しかし、緊張しないほうがおかしい。特に、彼女は今まで俺が会ったことのない女子なのだから。
しばらくの沈黙が続き、そろそろ急がないと遅刻しそうだと思った刹那。
彼女は、一呼吸、いや、二呼吸……三呼吸し、こちらへ振り替える。
「ねえ、間違ってたらごめん」
こうして正面から見ると、本当に美少女だな。身長は俺より頭一つ半ほど小さく、胸は制服の上からでもわかるほど大きい。
ツーサイドアップの髪型もどこか幼さのようなものを感じるが、それも見た目とのギャップがあって良いかもしれない。しかも、髪留めが猫なのも。
「なにを?」
「……き、昨日の夜なんだけど」
昨日の夜?
「もしかしてだけどさ。誰か、助けた、かな」
助けた……まさか。
「あ、ああ。昨日、偶然だけど女の子の悲鳴を聞いたから、ちょっとした芝居で」
「それって、薄暗い路地で?」
「そう、だけど」
やっぱり、昨日の悲鳴の主って。
「……そっか。間違ってなかったんだ」
「じゃあ、昨日路地で誰かに襲われてたのは」
「そう。私。本当はね、姿は見たの。だけど、偶然通り掛かっただけかもしれないかもって、確信がなくて。けど、今日電車の中で声を聞いてようやく確信した。あの時の声の人だって」
あの時、見られてたのか。
それは気づかなかったな。あの後、念のためもう一度確認に戻ったけど、無事でよかった。
もしかしたら、連れ去られたって可能性もあったからな。
「それを確かめるために、わざわざここに?」
「それもあるけど……えっと」
なんだ? 急に黙って。
「ちゃ、ちゃんとお礼を言いたくて」
「いや、別にそんな」
本当にお礼を言われるようなことはしていない。あの時は、ただ昔の罪を消し去りたくてやったことなんだから。
「私って、見た目がこんなのだから色々勘違いされちゃうんだよね……昨日もただ近道だって思ってあの路地を通っていただけなのに」
「な、なるほど」
やっぱり噂は噂なんだな。
「あ、えっと」
ハッとなり天澄は、顔を赤くし咳払いをする。
「そ、それだけ。助けてくれて、ありがとうございます!」
九十度の会釈。
その勢いの良さに圧倒される。
「お、おう! どういたしまして!」
「いえ! 本当にありがとうございました!!」
「いやいや! どういたしまして!!」
「本当に! 本当に!!」
「いやもう良いって!!! お前、口ベタか!?」
「ご、ごめんなさい!!」
あ、やべ。ついに怒鳴ってしまった。でも、このままだと永遠に続きそうな気がしたんだ。
「あのさ。本当に大したことはしてないんだ。なんていうか……まあ、クラスメイトだし。何かあったら、頼ってくれ」
ん? なに言ってんだ俺。
昨日ので自信ついたからか? う、自惚れるな俺! 相手が美少女だからって。
「た、頼りに?」
「あー、ごめん。今のなし。と、とりあえず学校行こうぜ。このままだと遅刻するから!」
「あ、待って!!」
その後、俺は天澄と共に学校へ急ぐが、結局遅刻してしまった。