第十八話「過去を乗り越えるために」
昔は、三人仲良く遊んでいた。
クソガキだった俺は、周囲によく迷惑をかけたりして、秋久はそれを注意していた。由果も注意をするも、意外とノリノリで付き合うこともあった。
「よし! 今日は滝のところまでかけっこをしよう!!」
「おー!」
「え、えー! それって確実に二人が有利じゃないか!」
「秋久は、運動だめだからなー」
「だから、少しでも運動できるように私達が協力しているってことだよ! ね? 陣」
「ああ! そら! わかったら、走るぞ!!」
「ま、待ってよ!! は、早いってば!!」
「わー!!」
なんだかんだで秋久もよく付き合ってくれていた。
周囲に迷惑をかけていたけど、普通に三人仲良く遊ぶ日々が本当に楽しかった。
「はあ……はあ……や、やっぱり無理……!」
「よーしよし、よくやったよ秋久は」
「これで秋久も大分早く走れるようになっただろう! というわけで、走って汗かいたから川で遊ぶぞー!」
夏になると下に水着を着て、そのまま川に飛び込む。
人が多いプールなんかで遊ぶよりよほど楽しい。
石があったり、近くに滝があるから注意しないといけないが、自然に囲まれたところで遊ぶと清々しい気分になる。
「ひゃっ! もう! やったな! お返しだよ! 陣!」
「はっはっは!!」
「二人とも、転ばないように気を付けないと」
この思い出が、あの事件が起こる前の最後の思い出。
この頃から、由果は胸が成長し始めており、水着の上からでもその膨らみがわかるほど。
俺は、全然気にしていなかったけど、秋久は妙に意識していた。
「おりゃ! これで身動きできまい!」
「うおお! 捕まったー!!」
なので普通に体をくっつけても笑顔で楽しんでいた。
「はー、遊んだ遊んだ。はい、陣。お腹空いたでしょ? おにぎりだよ」
「お? もしかして由果が作ったのか?」
「そうそう。はい、秋久も」
「あ、ありがとう」
なんだかんだで、由果は女の子だった。
周囲と比べてもその可愛さは際立っていて、母親の手伝いをしながらも料理の練習をしていた。
まあ、この時のおにぎりはかなり塩が多すぎたけど。
「しょっぱ!?」
「塩おにぎりなんだから当然でしょ?」
「それにしてもしょっぱすぎるだろ! これなら俺の方がうまいって」
「な、なによー! せっかく作ってあげたのにー!」
「俺は素直な感想を言っただけだって! なあ! 秋久もそう思うだろ?」
この時の俺は遠慮を知らなかった。
「そ、そう? いい塩加減だと思うけど」
なので、秋久のように相手を気遣った言葉なんて言うことがなかった。
「ほらー! 秋久は美味しいって言ってるじゃん!」
「美味しいとは言ってないだろ」
「むー! だったら食べなくていいよ! 返して!」
「残念。もう全部食べちゃった」
「なんで!?」
「ばーか。確かにしょっぱいけど食べれないとは言ってないだろ? それに父さんが言ってたんだ。夏は、水分と塩分はちゃんと取っておけって」
そう言いながら、俺は持ってきていたスポーツ飲料をぐびぐびと飲んだ。
「まあだけど、次は塩加減気をつけろよ?」
「わ、わかってるってば……つ、次は美味しいって言わせてあがるんだから!」
「はいはい、楽しみにしてますよー」
だが、結局あの出来事が起きてそれは叶わなかった。
クソガキだった俺はいなくなり、真面目に勉強し、馬鹿騒ぎだってしなくなった。それどころか格闘技にほとんどの時間を費やし、クソガキだった頃を忘れようとしていた。
もうあんなことはないように。
心も、体も強くした。
……いや、心は全然強くなってないか。今でも、あの頃を引きずって逃げているんだから。
「―――また、見てしまった」
結局、クソガキだった頃を忘れられず、夢で見てしまう。
その時は決まって、全身汗だくで目覚めるんだ。
「四月はあっという間だったな」
カレンダーを見ると五月になっていた。
四月の最初は、友達ができず周囲から怖がられる日々。けど、中旬辺りには昔一緒に馬鹿をやっていたきん改め天澄ゆえりと友達になり、そこからは怒涛の展開。
それなりに周囲の印象を変えられたと思うが……。
「よし! 五月も頑張るとするか!」
気合いを入れて、俺は自室から出て行く。
そして、階段を降りると。
「やあ、陣後輩」
「……おかしいな。まだ夢の中なのか? 目の前に紫之宮先輩が居るんだが。それもエプロン姿で」
先輩なのにとても可愛いと思ってしまった。
いやだが、ありえない。
先輩が、こんな朝早くから。それも俺の家に居るなんて。何度か遊びに来たことはあったが、泊ったことも早朝から来たことだってなかった。
「夢じゃないさ。今日は自宅から一緒に登校しようと思ってね。早朝から失礼しているよ。あ、ちゃんと親御さんには許可を得ている。なにも心配はいらないよ。ほら、わかったら顔を洗ってくるんだ。朝食の準備はもうできているからね」
「あ、はい」
行動力の塊だと思っていたけど、まさか一緒に登校するために早朝から俺の家に来るとは。
先輩と出会ってから驚きの連発だ。
あれで、昔はあがり症だったって言うんだから……。
「ふう……」
顔を洗い、歯も磨き、スッキリしたところで、さっそくリビングへと向かった。
すると、そこには。
「お、おはよう一色くん」
照れくさそうにエプロンをした天澄がテーブルに朝食の味噌汁を並べていた。
「まさか」
「私が連れてきた」
「サプライズにもほどがありますよ、先輩」
「はっはっはっは! 喜んでくれたようでよかったよ」
びっくりしているんですよ……。
その後、いつもより人数の多い朝食の時間を過ごし、そのまま三人で駅へと向かうのだった。