第十話「印象は大事だぞ」
「なあ、聞いたか?」
「なにがだよ」
「一色と天澄のことだよ」
「なんだよ。もしかして、付き合ってるとかか?」
話し声が聞こえる。
電車での一戦を乗り越えた俺達への影響は思っていたより大きなものだったらしい。
まず、電車から下りて、三人で学校へ仲良く並び移動をしていると、学生達の視線が突き刺さる。
いつものなら一人で登校している二人と、車で登校する一人が一緒になって登校している。俺と天澄は、変な意味で注目されているし、紫之宮先輩は、色んな意味で注目されていたから余計に。
「なんの集まりだ?」
「どういう関係性があるんだ?」
「もしかして、仲が良いのか?」
「紫之宮先輩、もしかして捕まってる?」
一部、まだ勘違いをしている者達は居たが、今までと違う行動をするだけで印象は変わってきている。
紫之宮先輩は二年生なので、途中で別れた。
いつもなら、時間差で教室に入っていた俺達だったが、今回は二人一緒に教室へと入った。
その結果、またまた注目を浴びる。
本来なら、ここで日常的な会話というものをするのだが。
やはり、まだ慣れていないため、どう切り出せばいいかわからず、もう二時限目が終わってしまった。
(やっぱ、紫之宮先輩が居たから気持ちも少しは楽になっていたんだな……)
登校前に、秋久と会話できたことで自信がついたと思っていたけど。
「はあ? あの二人が二年の紫之宮先輩と一緒に登校してた? なに馬鹿なこと言ってんだよ」
「ほんとだって! 俺、あいつらと同じで電車に乗ってたから見たんだよ。なんつーか、天澄って」
「天澄って?」
「け、結構恥ずかしがりやな感じで可愛かったぜ」
そういうのは本人に聞こえないように話すもんだ。
「は、恥ずかしいぃ……」
ほら、本人に聞こえていた。
俺にしか聞こえないような声。
ちらっと、背後を見ると、表情が見えないように机に突っ伏している。これはいつもの天澄の行動なのだが、天澄のことを知っている今となっては微笑ましく見える。
「……おい、天澄」
「へ?」
そんな中、俺は前を向いたまま天澄にだけ聞こえるように声をかける。
「よかったな。印象が変わって」
「よ、よかった、のかなぁ……」
よかったんだ、これで。
「それで、一色もさ」
お、次は俺か。
「なんか……うん、普通だったな」
ふ、普通?
「なんかさ、近づき難い雰囲気があっただろ? でも、電車でのあいつを見たら、なんか普通ってか」
「まあ、顔に傷はあるけど、見た目はそこまで変わったところはないしな」
普通……普通かぁ。
「あ、あの一色くん」
「ん?」
「い、一色くんは、その、優しい人だよ」
うん、なんかすまん。フォローに慣れていないのに。
確かに、俺ってば昔から特徴がない人間だったからなぁ。今となっては、筋肉もついたし、額や顔に傷もあるけど。
それ以外、普通だからなぁ……。
「普通。いいじゃないか。その印象は大事だよ、陣後輩」
「し、紫之宮先輩?」
あれ? 予定では、昼食時に集まるはずじゃ。
いつの間にか、俺の席の近くにある扉から入ってきた紫之宮先輩。
教室に居る生徒達は、紫之宮先輩の登場で騒ぎ出す。
「いやぁ、ずっと見守っていようと思っていたんだけどね。君達!!」
と、教室に残っている生徒達など構わず、俺達に話しかけてくる。
「よかったじゃないかぁ! あたしは、嬉しいぞ!!」
乱暴に頭を撫でてくる。
えぇ……まだまだなのにここまで喜んでくれるのか? 嬉しいんだけど、正直恥ずかしい!
ほら、皆もどう反応すればいいかわからず困惑してるし。
天澄なんて、恥ずかしさのあまり顔を上げられない状態だ。
「お、おい。なんてうらやま、いや不思議な光景なんだ」
「マジで、あの三人仲が良いのか?」
「少し前までは、近づき難い感じだったのに」
「なんか、天澄さんが可愛く見える……」
「う、うん。あれってもしかして恥ずかしくて伏せてるのかな?」
こうして、俺達の印象はまた変わった。
・・・
「もう、先輩! 皆の前であれは……ないですよぉ」
「はっはっはっは! でも、皆の印象は変わっただろ?」
「確かに変わったかもしれませんが、俺も正直恥ずかしかったです」
激戦の一日は、放課後。
俺達は、コンビニで買い食いをしていた。
俺はコーヒーを飲み、天澄はココアを飲み、紫之宮先輩はおしるこを飲んでいる。
食べ物は、肉まん、あんまん、ピザまんととりあえず好きなものを食べる。公園のベンチで三人仲良く並び座りながら。
「悪かったよ。しかし! 第一段階は成功と言えるね! これで、君達も学校では少し楽に過ごせるはずさ! あっ、ピザまんはもらうね」
どうぞ、と袋から出して渡す。
「でも、他の噂が増えましたよ……」
俺はしみじみと呟く。
「なんだい? その噂とは」
はむっと、おいしそうにピザまんを食べる先輩に俺は語った。
「あまりにも急激に仲が良くなったから、俺と天澄は紫之宮先輩の従者になったんじゃないかって」
「あー、なるほどね。それはいけない。二人は従者じゃない。友達だって明日からは教えてあげないと」
確かに、紫之宮先輩は、俺達のことを褒めてくれた。
だが、褒めるタイミングが少しあれだった。
皆の前で、あれほど褒め、かつお嬢様という肩書きがあるのだから従者になったんじゃないかと思われるのはおかしくない。
「まあ、それはおいおい。これぐらいの噂なんかじゃ全然堪えませんよ」
「そうだね。今までの変な噂に比べたら。それに、紫之宮先輩の従者だったらちょっといいかもって思っちゃったり」
それは、俺も一瞬思った。
この人と一緒なら、大変なことがいっぱいあるかもしれないが、それは楽しいことへ繋がるだろうって。
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか、後輩達! うん! では、この調子で、明日も頑張るとしよう!!」
「あ、でも、明日はスキンシップを少し控えてくればですね。まだ、恥ずかしいので……」
「それは同意だ。なんていうか、嫌じゃないんですが、場所とかそういうのを考えてくれれば」
「善処しよう!!」
善処ですか……大丈夫かな?