第九話「青春してみよう」
休み明け。
昨日のことを思い出すと、ドッと疲れが襲う。けど、この疲れは俺が青春をしているという証拠なんじゃないかと思っている。
あの出来事からというもの俺はただただ自分を変えるのに必死になっていて、青春というものをしていなかった。
クソガキだった頃のほうがまだ青春をしていた。
まあ、変わろうとしていた時期は疲れたは疲れたでも、精神的な疲れが多かった。
昨日もそうだったけど、この疲れはなんだか違う。
良い疲れだ。
清々しい気分になっている。
「陣」
すーっといい気分で自転車を走らせようとした刹那。
秋久に呼び止められた。
いつもの俺ならここで、軽い挨拶をして去るか。止まらずにそのまま去るかをしていたが。
「秋久か。元気そうだな」
昔ほどではないが、面と向かって秋久と話すことができる。
昔よりも背は伸び、髪の毛も綺麗に整えられ、縁のあるめがねがよく似合っている。
紺色の制服を身に纏い、きゅっと深緑色のネクタイを締めている。
「由果は、一緒じゃないのか?」
「ああ。今日は、用事がないからいつも通りの時間になってる。けど、僕は君と話がしたくて早めに出てきたんだ」
「そっか。それで、どうしたんだ? こっちは電車の時間があるから少しだけしか付き合えないぞ」
少なくとも、五分が限界だ。
「……君は、どうして僕達から遠ざかったんだ?」
そっか。由果から真実を聞いてないみたいだな。俺を庇ってか、俺なんかどうでもいいから話していないのか。
真実を知らない秋久にとっては、俺が突然避けるようになったと思っているんだろう。
「俺も、いつまでもクソガキでいられないって思ったからだ」
「もしかして、あの時の出来事を気にしているのか? あれは、中学生達が勝手にやったことで」
まあ、やっぱり気づいているよな。でも、俺があの場に居たかは……。
「いや、あれは俺のせいだ。俺がなにも知らないクソガキだったせいだ。だから、俺は変わろうって思ったんだ。ずいぶんと変わっただろ? 格闘技もいっぱいやったし、頭だって大分よくなった」
へへっと俺は秋久に笑いかける。
「それじゃ、俺はそろそろ行くから。由果と仲良くな!」
「あ、待ってくれ! 陣!!」
「またな」
心臓の鼓動が激しい。
由果と会った時も心臓の鼓動がはね上がった。けど、今日のはあの時と違う。
前に進んだ気がする。思いきってみるものだ。
「ふう」
自転車をいつもよりも全力で走らせた俺は、駐輪場に辿り着く。しっかり鍵をかけ、駅へと向かおうとしたところ。
「だーれだ?」
視界を塞がれた。
この声は、紫之宮先輩? いやでも、紫之宮先輩の身長だと俺の目に手は届かないはず。
脚立を使ってる? でも、わざわざこんなことをするために脚立を持ってくるなんて……ありそうかも。いや、でも昨日の計画を思い出せば。
「紫之宮先輩と見せかけて、天澄!」
「はっずれー」
と、視界は正常になり、俺は答えを確かめるため振り向く。
「正解は、央に抱えられた紫之宮先輩だ」
いえい! とダブルピースをした紫之宮先輩が央さんに抱えられていた。
周囲の人々は、何事かとこちらを見ている。そりゃあ、執事が登場すれば誰でも見てしまう。しかも、ここは駅近くの駐輪場。二重の意味で目立つからなぁ。
「おはよう、陣後輩。そして、深読みしたね?」
「おはようございます。というか、なんでここに? たしか予定では」
「まあまあ。些細なことは気にしない気にしない。あ、央。協力ご苦労だったね。もう下ろしてくれ」
「かしこまりました」
些細なことではないと思うのですが。
ゆっくりと下ろされた紫之宮先輩は、央からカバンを受けとり、俺の隣に並ぶ。
「では、お嬢様。僕は、いつでも出られるように待機しております」
「うん、ご苦労だったね。では、陣後輩! ゆくぞ!!」
「あぁ! ちょっと紫之宮先輩!?」
「いってらっしゃいませー!!」
手を握られ、ぐいぐいと引っ張られる。
駅に入っても、紫之宮先輩は手を離してくれない。どこまでもぐいぐいと引っ張っていく。
周囲からはどう見られてるだろう? 制服を着てるから、さすがに小学生に引っ張られる高校生の図には見られないはずだが。
「あ、あの先輩。そろそろ離してほしいんですが」
「気にするな気にするな。私と君は友達じゃないか!」
「それはそうですけど……」
先輩にとっては、手を繋ぐのは友達として当然の行為だと思っているのだろう。
けど、俺にとっては恥ずかしい行為なのだ。
特に、先輩ほどの美少女となると余計に恥ずかしい。
「恥ずかしがることはないのだよ? 陣後輩。これで恥ずかしがっていては、青春はまだまだ先だからね」
「いや、これは今の俺には難易度が高いですよ……」
空いている手で顔を覆いながら、俺は先輩と共に電車へ乗り込む。
「あっ」
すると、先に乗っていた天澄が俺達に気づく。
「おはよう! ゆえり後輩!!」
それにしても、朝だっていうのに元気いいなぁ、この人。
「え? あれって紫之宮先輩、だよな?」
「あ、ああ。なんで電車に? いつもなら車で学校に来るはずなのに」
「てか、誰かと手を繋いでないか? って、あいつ確か」
うわー、めっちゃ注目されてる。
やっぱり先輩は、有名人過ぎるんだ。周囲が注目する中、特に気にすることなく天澄の隣に座った。
席順は、紫之宮先輩を中心に右が俺、左が天澄。
「席が空いててよかったですけど。この時間は、結構混みますからね」
「そうか……では、次からは車で行こう。でも、今日はまずこの視線に慣れておくことだね」
昨日の会議で、俺達はまず周囲の視線を改善することにした。
いつまでも、変な勘違いをされていては、これからの学校生活は灰色。実は、俺達は噂通りじゃない。
普通の高校生なのだと思わせるのだ。
「それで、ゆえり後輩。昨日のことなんだがね」
「へ? な、なんの……こと、ですか?」
さっそく天澄が。
天澄は、周りの視線を気にしつつ話し出す。すると、同じ高校の生徒達は、たちまち騒ぎ出す。
「おい、天澄が喋ったぞ」
「いや、喋るだけなら学校でも喋ってただろ? 問題は、話し方だ」
「うぅ……」
「ファイトだよ、ゆえり後輩。これぐらいで根を上げていて、青春の高校生活はまだまだ先だ」
意外とスパルタ。
優しい先輩だとは思うんだが。
「では、陣後輩」
「あ、はい」
おっと、天澄から俺へとシフトチェンジ。
あっ、天澄の頭を撫でてる。
優しさなのだろうが、意外とそれも羞恥プレイに等しいですよ。ほら、周りもなんか……微笑ましそうに見てる人達も居るな。
「今日の昼食は三人で食べよう。私も弁当を持参したからね。おかず交換と洒落こもう!!」
「え? もしかして、手作りですか?」
自然に喋れているだろうか?
「今度は、一色くんが。今、おかず交換って」
「三人ってことは、天澄さんもよね?」
うぅ、注目されてる。これは思っていたよりきついな。けど、これぐらい乗り越えないと、俺達への印象は変わらない一方だ。
「うん。早起きして作った自信作だよ。昼食時を楽しみにしていたまえ、二人とも」
「は、はい」
「おかず交換に拘りますね、先輩」
「拘ってるつもりはないよ。これも青春のひとつだからね!」
それからというもの駅に到着するまで、俺達は電車内で会話を続けた。天澄も少しずつだが、慣れてきて口数も増えていく。
俺は、秋久と会話ができたことで自信がついたのか、後半は視線をあまり気にせず、会話がスムーズにできたと思う。
これで、少しは周りの印象が変わっていれば良いんだが。