プロローグ
昔の話になるが、俺は幼馴染を救えなかった。
死んだわけじゃない。
ただ、目の前で幼馴染を襲われているのに、俺は恐怖でなにもできず、最終的にその場から逃げてしまったんだ。
今から五年前の話。
俺は、二人の幼馴染が居た。
一人は、男で名前は真中秋久。頭がよく、いくつもの習い事をしていて、皆からは博士なんてあだ名をつけられていた。
いつも、テストは百点。俺達が知らないことを知っていて、同年代なのに勉強を教え、その知識力で周囲を驚かせていた。
決して、相手を見下さず、誰にでも優しく、容姿も上位。
無自覚に相手を魅了していた。
二人目は女で名前は新島由果。運動神経が抜群だが、成績は下。決して馬鹿ではないが、体を動かすのが好き。
見た目は清楚な文学少女風なため、よく勘違いされる。
由果も容姿は上位なので、よくモテていた。
人当たりも良いので、男女共に友達も多い。
そんな幼馴染と一緒に育った俺はというと。
体格は良いが、運動神経は中の下、成績も中の下。容姿も中。得意なことと言えば絵がうまいってことだろうか。
お調子者で、クラスの男子とはいつも馬鹿なことをしていた。
明らかにどこにでも居そうなクソガキな俺こと一色陣は人気者な幼馴染達と一緒に過ごしてきた。
だからこそ、あんなことになったんだ……。
いつものように友達と馬鹿をやった帰り道。
人気のない裏路地から複数の声が聞いた。
一人は女子。
聞き覚えのある声。そう、由果のものだった。なんだ? と思いこっそり覗いてみると……男達に囲まれていた。
しかも、そいつらにも見覚えがあった。
俺が遊びで馬鹿にした中学生達だったんだ。
仕返しだ。
俺と由果が仲の良いことを知った中学生達は、俺のことを苦しめようと由果を襲い、辱しめようとしていたんだ。
運動神経は良いとはいえ、相手は中学生でかつ男子。それも複数だ。逃げられず、押さえつけられた由果は服を脱がされ、下着姿にされていた。
助けなければ。幼馴染が自分のせいで襲われている。
ここで助けなくて、何が幼馴染だ。
けど、動かなかった。
いや、動けなかったんだ。相手はナイフを持っていたのを見て、恐怖で足が震えていた。
いつもの調子で、相手を馬鹿にすればいい。そして、由果を助ければ良いだけだ。簡単なことじゃないかと自分に言い聞かせて居ると、由果と視線が合った。
声は出さず、ただただ視線で助けてと訴えていた。
一番恐怖しているのは、由果だ。
複数の男達に囲まれ、ナイフで脅され、今にも犯されそうという状況なのだから。
それなのに、それなのに俺は……自分で助けようとせず、他人に頼ろうとした。周囲を見渡し、助けてくれそうな人を探した。
でも、誰もいない。
当たり前だ。自分が通っているところは、あまり人が通らない。それを知っていて中学生達も選んだんだろう。
もう俺が助けるしかない。
行け。行くんだ。行けよ。
心の中で、恐怖心をかき消すように叫ぶが、俺は背を向けてしまう。そこから逃げ出そうとしてしまう。
その刹那。
反対側から叫び声が響いた。
「こっちです! 女の子が襲われているんです!!」
「ほ、本当なのかい?」
一人は大人の男。
そして、もう一人は秋久のものだった。その声を聞いた中学生達は、慌てて細い路地へと姿を消す。
その後に、現れたのは秋久と警察官だった。
下着姿の由果は、助けにきた秋久に抱きつき、大粒の涙を流す。
その声を聞きながら、逃げ出していた。
情けない。情けない……所詮自分はクソガキ。周りのことなんて全然考えてないで、馬鹿をやっていたただのクソガキなんだと。
こんな根性なしなクソガキがどう声をかければいいんだと。
自分の情けなさに、悔し涙を流しながら全力疾走していた。
それからだ。
俺が二人との縁を切ったのは。一方的だが、そうするのが一番だった。特に由果とは。
どの面下げていつもみたいに接しろと言うんだ。
クラスメイト達は、その変化に何度も問いかけてくるが、俺はなんでもない。俺は大人になったんだと嘘でやり過ごした。
そうそう。
秋久と由果は、付き合うようになった。誰もが、お似合いだ。やっぱりそうなったかと納得し、流れ的に俺が二人から距離を置いたのは、それが原因なんだろうと質問攻めは止んだ。
クソガキだった俺はそれを期に死んだ。
すっかり大人しくなり、馬鹿なことはせず、真面目になった。
その間、度胸をつけようとわざわざ家族に頼んで色んな格闘技を習っていた。あの日の後悔に押し潰されないように、がむしゃらに。
高校は遠い場所にした。
家からまず自転車で駅へ十五分。
それから電車に乗って、三十分。
電車を降りて、徒歩で十五分。
計一時間の登校時間を用いる中高一貫の陽乱高校に。
当然、幼馴染二人とは違う高校だ。
二人は仲良く近場の高校に通っている。
「変わろうって思ってるのに……完全に逃げてるよな、俺」
家にまっすぐ帰らず、ハンバーガーショップで時間を潰していた俺は、昔を思い出し、今の自分に深い溜め息を漏らす。
カリカリに揚げられたポテトを一本一本食べ進め、徐々に変わっていく空模様を眺めること数十分。
太陽が完全に落ちた後、店を出る。
「電車は今から十分後か」
店から徒歩で五分。
少し余裕をもって移動できるな。
「ちょっと! やめなさい!!」
「声?」
薄暗い路地から響く少女の声。
俺の心臓が激しく鳴る。
脳裏に思い浮かぶのは、あの時の出来事。
「……落ち着け。ここはとなり町。由果なはずがない」
ぎゅっと心臓辺りの服を力強く掴み、深呼吸をする。
今、この路地の奥で誰かが襲われてる。
さっきの声の後に、声が聞こえないってことは口を押さえられたか? ……よし、いくぞ。行くんだ。
「俺は、もうあの時のような腰抜けじゃないんだ……!」
落ち着いたところで、俺は歩を進める。
そして。
「なあ! こっちから行こうぜ! この路地が近道になってんだよ!!」
誰かが路地に来る、かつ複数人という錯覚を相手に認識させる演技。それを奥の奥にまで響くほどの大声で叫ぶ。
すると、慌ただしい足音が奥の方から聞こえた。
どうやら作戦は成功したようだ。
いや、まだ油断するな。もしかしたら、まだ居るかもしれない。
「念のため、確認しなくちゃ、だよな」
俺は、スマホのライトで道を照らしながら路地を歩いていく。
「……誰も、いない?」
隣の道へと出たが、その途中で誰にも会わなかった。細心の注意をはらって隠れられそうなところも見たが、確認できず。
どうやら、襲っていた奴も、襲われていた子も逃げたようだ。
やった。
ほっと胸をなで下ろす。
少し精神的に疲れたが、改めて昔の自分は本当に情けなかったんだなと思いつつ、帰路につく。
「あー、でも今日はいつもより気持ちよく眠れそうかもな」
ずっとしこりとなっていた。二人と関わらないと決めてからずっと。だから、気が楽になった。
まあ、それでも二人と昔のようになれるってわけじゃないけど。
明日は、良いことがあるといいな。