比翼の鳥
「俺は一匹では飛べないんだ」
首をつかまれて崖の上に差し出された比翼の鳥は、必死に抗議した。
「俺を比翼の鳥と知っていて、どうしてこのような無茶をするんだ」
ややあって男は、緊張を押し殺したような声で答えた。
「もちろん、そういう都合はすべて知っている。後ろの観衆を見ろ、もう、やるしかない」
「人間というやつはこうも愚かなのか。おまえが手を離しても、俺はこの下にまっすぐ落ちていって、岩に当たって死ぬだけだ」
「確かに俺にもそのように思える。第一、片方しか羽の無い鳥が飛べないことなんて、見れば誰にでも分かる」
「助けてくれ!俺は死にたくないんだ!」
比翼の鳥は鶏が絞め殺されるようなうめき声を上げた。絞め殺される方がいくらか楽に違いない、という抗議の声にも聞こえる。
「しっかりしろ。おまえは伝説の鳥なんだ。飛べば何もかもが一件落着なんだ。観衆だって、お前が死ぬところを見たいわけではないんだからな」
「だから、飛べないといっただろう、俺は。つがいを作ることが出来なかったんだ」
「観衆はこの手を離せといっている。何故だか分かるか」
「知ったことかよ」
「比翼の鳥は、必ず仲睦まじい一対の番を作ると、奴らは思っている」
「まあ、概ね正しい。俺はつがい作りに失敗したけどな」
「あいつらはお前にも片割れが居るに違いないと信じたがっているんだ」
落ちていく哀れな片割れを、颯爽と現れたもう一方の鳥が救う。そうして比翼の鳥は完成し、人々の手の届かない遠くの空へ旅立っていく。美しい伝説が現実になることを、誰もが切に望んでいた。
「お前には分かっていると思うが、誰も現れないぞ」
「無論、分かっている。だが俺にはこの手を離す以外にはどうしようもないのだ」
「鳥一匹殺すだけだ。簡単だよな」
「安心しろ、お前が死んだ後の歴史書には、比翼の鳥は一羽では飛べず、崖から落ちて死んだと書き記してやる。比翼の鳥を一羽だけで崖から放り投げるような愚か者は、今後現れることはないだろう」
「お前ら、どうかしてるよ。俺は死にたくないんだ!」
「最期の言葉を聞こうか」
「こんなことに何の意味があるんだ」
男は手を離し、比翼の鳥は崖の下に落ちて死んでしまった。
人々は悲しみ、愛する片割れを喪った悲しき鳥の最期は、後世まで語り継がれたという。