不可解な点
「あぁ...きもぢわるい...。」
僕、ジレット・レイ・ハリスは今、学園内にある医務室のベッドで横になっている。斯うして休んでいるのには深い理由がある訳で、その話は数時間前に遡る。
前世でプレイしていた乙女ゲームの主人公、イヴ・ローリー男爵令嬢に学園入口前の並木道で声をかけられた直後、イヴに今後一切の接触を避けるようにと警告された僕は彼女がその場から去った後も、並木道の中心で動けずにいた。そして運の悪い事に、その現場を目撃していた何人かの生徒が学園内で故意に虚報を流したらしく、僕が気が付いた時には既に噂が一人歩きしており、もう手の施しようがない程に事実無根の話は広がっていた。その後、婚約者のシンシアや友人のイアンに噂の件で根掘り葉掘りと問い詰められ、昨夜から心労が募っていた僕は食堂で倒れてしまい、今に至ると言う訳だ。
僕はベッドから上半身を起こして腕を組む。冷静になって考えてみると、不可解な点だらけだ。抑、何故イヴは僕にはあんな警告を。彼女と初めて面識を持ったのは昨夜の第一王子聖誕祭の会場で、それ以前の交流は一切無かった。そうなると彼女は昨夜に僕と会話した時点で僕に嫌悪感を抱いていて、自らのその気持ちを率直に伝えてきたという事になる。それしか考えられない。そこで不可解なのは、貴族社会でも上位に位置する僕に対しての態度。たとえ学園内では皆が平等だとは言え、態々爵位の高い者に反抗的な態度を取る人間は少ない。つまり男爵令嬢のイヴが僕に対して反抗的な態度を取るメリットは無いに等しい。
不可解な点まだある、それは彼女が僕を呼び止めた場所。学園入口前の並木道、あんな人目に付く所で僕に反抗的な態度を取った時点でおかしい。一部始終を目撃されて噂が立つのは彼女だって想定出来たはず。
「まさか...噂を流すのが、彼女の狙いか...?」
イヴの狙いが生徒達に事実とは異なる噂を流させ、僕にあらぬ疑いをかける事だとしたら、全ての辻褄が合う。
「でも何で、そんな事を...彼女には何のメリットもないはず...。」
そうして僕が深く考え込んでいると、突然医務室の扉が勢い良く開かれ、胸辺りまで伸ばされたプラチナブロンドの巻き髪を指で弄ぶ凛とした顔付きの少女が入ってくる。
「あら、先程までは死にそうな顔をなさっていたのに、今はもう元気そうですわね。」
そう言った彼女は僕が居るベッドに近付き、そばに置かれていた椅子へ腰掛けて僕の顔を覗き込んだ。毎回、顔を近付けられると彼女の綺麗な紫の瞳に吸い込まれそうになる。今は、もうイヴについて考えるのは止めよう。
「もう、お加減はよろしいので?」
「ああ、大丈夫だ。」
僕の婚約者、シンシアは今日も美しい。