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不意打ちのヒロイン

馬車に揺られ、これから僕が向かう先は王都にある王立学園。貴族の令嬢や令息が多く通っている場所で表向きは実力主義を謳っている。高い能力を認められ、実力で入学出来た平民の扱いは思っていた以上に酷いようで、貴族の生徒間で流行っている平民いびりを今では教師も見て見ぬ振り。かく言う僕も、前世の記憶を思い出す前はそれが当たり前だと思っていた。教師が危険を冒して平民を庇う必要は無いし、平民こそ、数の暴力に耐えられない程の精神力ならばこの学園に居る資格はないと。それが今はそう言った行為に憤りすら感じられる。


「この考えも...前世の影響か。」


感情の整理がついた今は、前世の考えに流される事への不快感からくる苛立ちはある程度抑えられている。普通に考えて自分の思考で気分を害するなど、異常だ。だが転生とはこういうものなのだろう。前世のイメージでは、簡単でもっと夢のあるものだと想像していた異世界転生、現実で味わってみるとそうでもないと思い知らされる。


ふと馬車の窓から外の景色へ目を向けた僕は、仲良く手を繋いで歩く母子を視界に捉え、無意識にその二人の姿を目で追っていた。


今世の母親は僕が三歳の頃に流行り病で亡くなっている。記憶の中で佇む母は何時もどこか寂しそうで、まるで鳥籠に囚われ羽ばたく事を忘れてしまった鳥のようだった。後々に僕が調べた限りでは父と母が不仲だったとの証言は無く、逆に僕が生まれる前は政略結婚でありながらも、互いに愛情のある仲睦まじい夫婦だったらしい。亡くなる直前に会った母の様子の件で一度だけ、それとなく父に尋ねてみた事もあったが、上手くはぐらかされるだけだった。病のせいで母があんな様子になったとも思えなかった僕は、今に至るまで様々な方面から両親に関する情報を仕入れている。


「ジレット様、学園に到着致しました。」


いつの間にか外に親子の姿は無く、今は学園の門前を進む貴族の生徒達が見えるだけ。既に馬車は学園の門前で停止しており、御者は僕の返事一つで扉を開ける体勢に入っている。


「開けてくれ。」


その言葉と同時に馬車の扉が開かれる。開かれた扉から馬車を降りた僕は御者に感謝の言葉を告げた。すると、やはり彼もフィリスと似たり寄ったりな反応を見せる。もう遣る瀬なさからの苛立ちは感じない。馬車から離れて学園の門前を通り抜けた僕は、学園の入口へと続く並木道を淡々と歩く。そう言えば、前世の記憶によるとこの道では乙女ゲームの主人公と攻略対象の誰かとのイベントが起こるはずだ。日時は確か。


「ジレット様。」


イベントが発生する日時を思い出している最中、後ろから誰かに呼び止められ、僕は足を止める。声から察するに女性である事は間違いない。一体誰だろう、学園内で僕と親しくしてくれているのはロイド騎士団長の息子イアンと婚約者のシンシアだけで婚約者以外の女性と話した事は殆ど無い。


「ジレット様...?昨夜第一王子の聖誕祭でお話させて頂いたローリー男爵家の当主エリオットの娘、イヴです。」


イヴ、その名前は前世でプレイしていた乙女ゲームの主人公の初期名。昨夜は一気に色々な事が起こりすぎて彼女の名前を忘れていたが、改めて本人から聞かされると此処が本当に乙女ゲームの世界なのだと実感が湧いてくる。僕が後ろへ振り返るとイヴは華奢な体をゆっくりと丁寧に動かし、見事なカーテシーを決めた。乙女ゲームの主人公なだけあって、その姿は女神のように美しい。


「御丁寧にありがとう、それで...何か用かな?」


「はい、実は...金輪際私に近付かないでほしいのです。」


今の言葉を冷静に解釈出来る時間が欲しいと思った矢先、イヴは微笑みを浮かべて身を翻し、この場を立ち去ろうとする。だが彼女の先に見えるのは学園の門、どうやら完全に進行方向を間違えているらしい。


「ちょ...待つんだっ、君が向かう先は学園の入口だろう?」


そう言うと彼女は再び此方側に向き直り、笑顔を貼り付けた状態で僕の横を素通りし、学園の入口へと歩いてゆく。僕はと言えば、明らかに昨夜とは異なる彼女の様子に呆気に取られ、暫くその場に立ち尽くしていた。

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