ジレットとフィリス
翌日の早朝、王城で開かれたフォティア王国第一王子の聖誕祭に出席し終えた僕は王都の学園へ向かう為、自室で女中と共に準備をしていた。
「毎日、朝早くにすまない...感謝している。」
前世の記憶を思い出す前は立場上、互いに適度な距離を保ち、あまり会話の無かった僕と女中のフィリス。だが前世の記憶に感化されてか、今まで身の回りの世話をしてくれていたフィリスに対して親近感が湧き上がった僕は、いつの間にか彼女に感謝の言葉を口にしていた。
「え......そんな、私のような者に...身に余るお言葉です。」
フィリスは一瞬だけ目を見開かせ、直ぐに元の表情に戻る。昨日まで殆ど会話の無かった僕達だ、関係を改善するには今後の僕の態度を改めるしかない。
僕が自室の椅子に座り、鏡と向き合ってそう考えている内にも、ベッドの上に置かれた鞄に丁寧に必需品を入れてゆくフィリス。群青色の綺麗な長い髪と浅緑の瞳を持つ彼女とは幼少期からの付き合いで歳は僕の五つ上、今では呼ぶ事すら無いが昔は彼女の事を姉と思い込み、お姉様と呼んでは父にお叱りを受けていた。あの頃はそれなりに関係も良好だったはずだ。
「ジレット様、準備が終わりました。」
これ以上、昔を懐かしんでいる暇は無さそうだ。僕は椅子から立ち上がり、フィリスから差し出された鞄を受け取る。
「ありがとう。」
もう一度、何時もならば言わない感謝の言葉を口にしてみるが、彼女はそれに反応してただ静かに頭を下げるだけだった。
「今日は、馬車まで付き添わなくて良い。」
遣る瀬ない気持ちを隠すように僕は彼女にそう告げ、自室の扉を開けて廊下へ出る。既に朝食は済ませているので、後は屋敷の入口前で待機させている馬車まで歩くだけ。僕は足早に廊下を歩き続けた、先程の事もあって、幾分か足が重い。今更フィリスとの関係を悔やんだところで自分で努力しない限り関係は改善されない、この考えが妙に悔しいと感じるのは春風司の頃の記憶が僕にフィリスとの関係を修復する意思を芽生えさせたからか。前世の記憶に大切な事を気付かされたようで、前世の方が人間的に勝っているようで、全て自分が原因なのに癪に触って仕方が無い。
そんな苛立ちを募らせたまま、僕は階段を下りて玄関ホールに辿り着いた。そして両開きの扉を開けて馬車に近付き、御者へ直ぐに出発する事を伝える。御者の男性は何時も僕の隣にいるはずの人物が居なかった事に疑問を感じていた様子だったが、態々話す必要性を感じないので僕は何も言わず、黙って馬車に乗った。