前世に囚われず
突然大声を上げた僕に奇異の視線が集まる、当たり前だ。此処はフォティア王国第一王子の聖誕祭が開かれている王城内の大広間。そんな公式の場で意味の分からない言葉を叫んだ僕は周りの人から見れば非常識に映るだろう。
「ジ、ジレット様...?」
「あー...すまない、今のは忘れてほしい。」
僕は頭を抱えながら、自分を心配して手を伸ばそうとする少女を右手で制する。そして改めて、自分が異世界転生なるものと交わってしまったのかと憂鬱な気分で大広間を後にした。
大広間を出た僕は赤い絨毯の敷かれた長い廊下の壁際に設置されている長椅子に座り、考えを巡らせる。現在の僕の状況は至ってシンプル、嫡男として公爵家を継ぐ立場にあり、既に婚約者の居る身で何不自由ない生活を送れている。貴族家庭特有の複雑な事情がある訳でも無ければ自らの内面に異常がある訳でも無い。それに僕は父のアルド公爵が治めるエルジン領に何度も視察に赴いている為、親子共々領民からの信頼も厚い。言わば完璧なのだ、そんな僕がこの世界で殺人鬼となり破滅する運命にある。
前世でプレイしていた乙女ゲームに登場するあの少女を目の前にしていた時は記憶を思い出した直後だったからか、無理矢理に冷静さを装い、籠絡等と相手に勘付かれでもしたら信頼を失うような、愚かな事を考えてしまっていた。だけどある程度の落ち着きを取り戻した今なら、正しい解決策を導き出せる。
ゲームとしての強制力を確認出来ない以上、無闇矢鱈に行動を起こすべきじゃない。今の僕は、前世のように自由の身ではないのだから。
今世の僕の慎重具合は幼少期の誕生日に父アルド公爵から送られた、貴族である以上は自らの言葉と行動に責任を持つべし、という格言が影響しているだろう。あの時は誕生日に言葉だけを送ってきた父に怒りさえ覚えたが、今では父の意図が良く分かる。長椅子から立ち上がった僕は、廊下の先にある両開きの大きな窓に向かって歩き、窓の手前で立ち止まる。前世、転生、乙女ゲーム、破滅、この数十分で様々な単語が頭に浮かび、僕を悩ませた。一時は父の名を汚すような、公爵の息子にあるまじき事まで考えたが、今の僕はもう前世の記憶には惑わされない。
僕は僕、アルド・レイ・ハリス・エルジン公爵の息子、ジレット・レイ・ハリスだ。前世の、春風司の残り火に今の僕の人生を邪魔させはしない。
窓の外で、夜の闇を照らすように光輝く星々を見上げて、僕は固く決心した。
「絶対に破滅してやるものか。」