僕が蘇った日
「ジレット様、大丈夫ですか...?」
僕の目の前に立ち、心配そうに此方の顔を伺っている茶髪の少女。つい先程まで、何も意識せず他愛もない会話をしていた相手だ。だが彼女が僕の子供の頃について聞いてきた瞬間、彼女の瞳に吸い込まれるような感覚を覚え、ある事を思い出した。
僕の前世、日本という国で生きていた頃の記憶が頭の中で走馬灯のように流れ出したのだ。日本と言われる国で乙女ゲームを十時間プレイした後に家に無断で入って来た不審者に抵抗して外へ逃げ出し、警察の車に轢かれた前世の憐れな自分。今世では既に十五年の時を経ている為、もはや前世への未練や悲しみは感じられない。
今世での僕はフォティアと呼ばれる王国の貴族、アルド・レイ・ハリス・エルジン公爵の嫡男となっている。そして今現在、僕は危機的状況に立たされているのと同時にチャンスを掴む立場に立っているのだと理解してしまった。今世での僕の名前はジレット・レイ・ハリス、驚く事に前世の僕がプレイしていたアルテミスの矢と言う乙女ゲームに登場する攻略対象の名前で、恐らく本人だ。だが本当に驚くのはこれから、アルテミスの矢のパッケージ版を購入した人限定で配布されたキャラクター設定集に表記されていた攻略対象としてのジレットの設定は正直に言うと異常。
ジレットは思春期から成人にかけて殺人に対して芸術的な魅力を感じ、ついに殺人の衝動を抑えられなくなった彼は十五歳の時に家の使用人を殺めてしまう。その殺人を切欠に箍が外れた彼は殺人に快楽をも見出し、王都を騒がす謎の凶悪犯罪者となって王国を破滅の危機に追いやる。
以上がキャラクター設定集に表記されていたジレット・レイ・ハリスの設定だ。前世の記憶を探ってみる限り、ジレットを攻略した覚えはない。よって憶測になるが、ジレットルートでは乙女ゲームの主人公が彼と親密な関係になり、ジレットの凶行を止めるのだろう。そして、今僕の目の前に立っている茶髪の少女は間違いなくアルテミスの矢のタイトル画面に表示されていた主人公。つまりはこの世界にゲームとしての強制力があるのだとすれば、ジレットに生まれ変わった僕が目の前の彼女と結ばれなければ殺人を犯した挙句、王国の影と呼ばれる謎の団体に捕まって最終的には破滅を迎える。
此処で少女を籠絡して破滅回避のチャンスを掴むか、下手な事はせず今後は様子見か、と冷静に物事を考えられていた僕は今更ながら当たり前の前提に気が付き、目を見開いた。
「あれ...これって...異世界転生...!?」
今僕の中で、運命の天秤が傾き始めた。