Creeping evil【1】
「……これどう考えても児童文学って言ったら駄目な内容だよな」
感想としては……後味が悪過ぎる。これに尽きる。
剣士が作中で全く悪い事をしていないにも関わらず裏切り認定されて殺されたのはどう考えてもおかしいし、他の仲間と結託して剣士を殺したユーリィが綺麗な姫様と結婚して幸せになるというのだから心底胸糞悪い気分になる。
脳裏に『理不尽』の三文字をクッキリと刻んでくるエッジの効いた作品が児童文学であって堪るかというものである。
「しかもこの剣士って……」
それにこの異色の二刀流剣士。……二刀流のショーテル遣いである『魔王』の情報にも符合する。
しかも『欠片』は六つに破砕されたとヘカテは言っていた。
これは腕を切り落とされたシーンから想像するに書かれていないだけで実際は両腕、両足、胴体、頭。……これで六つに分かれたのではないかとも考えられる。
総括すると裏切りの剣士=『魔王』で良いだろう。
だが、何故彼が自らを『魔王』と名乗っているのかとか、何でこの世界を滅ぼそうと考えているのかは分からない。
けれど『欠片』に封じられている『魔王』は字面ほど悪い存在ではないのではないかと、そんな事を思った。
「さてと、時間も結構潰れたしジャックと合流してみるか」
そういえばジャックは一体何を読んでいるのだろうか。
見た目からして怪談とかの話とか……は流石に無いか。
「文芸……はいない。資料……にもいない? 何か意外だな。園芸、運動……にもまぁ、いないか」
そして暫くして漸くジャックを発見した。
見つけた場所は哲学や思想、心理学についての本が揃っている書架の前だった。
「……何読んでるんだ?」
「ん? 清人かびっくりしたぁ……。見ての通り哲学書さ」
そう言うとジャックは読んでいた本の表紙を俺に見せた。表紙には件の異世界文字で『蛇の語り草』と書かれている。
ジャックが哲学というのが少し意外で目を見開くとジャックは心外だと言う風に膨れた。
「それにさ、僕もちょっと驚きだったんだけどこの世界にも地球と同じような思考が存在してるらしいんだ。ほら、ここの『運命愛』とかさ」
「ニーチェだったっけ? 運命を受け入れて愛する……みたいな」
「そうそう。興味深くないかな?」
運命を受け入れて愛する。俺にとってそれは――。
――『止せ!! 止めてくれ!! そんな事をやったらいけない!!』
――『清人は私の事……好き?』
思考にノイズが走る。
助けられなかった。守れなかった。そんな後悔が波のように押し寄せる。
考えてはならない。思い出してはならない。都合良く忘れていた方がきっと幸せだから。
「……っ」
「どうしたの清人、顔色悪いよ?」
「ああ……何でもない」
きっと今の俺は酷い顔をしている。自分でもその位は分かる。
「何でもない訳ないよねぇ。どうかしたのかな? やっぱり異世界が辛くなったのかな?」
「いや……そんな事は無い」
それは紛れも無い真実だ。ここにはあの事件を知る人も、俺を知る人もいない。地球と比べれば、ある意味生きやすそうではある。
「それより、そろそろギルドも落ち着いただろうし……さっさと行こうか」
「う、うん。君がそう言うなら……」
今は一刻も早くこの陰鬱な気分から抜け出したくて、俺はジャックを急かした。
……きっと外に出ればこの胸の疼痛もマシになるはずだから。
『どうだかな』
鼻で笑うような『魔王』の声が聞こえた気がして俺は小さく舌打ちした。
♪ ♪ ♪
俺達は再びギルドホールに足を踏み入れた。
時間が経ったお陰でギルドホールはある程度落ち着きを取り戻しているように見える。
受付とギルド加入用のカウンターは別口になっていて加入用のカウンターは待ちも少なかった。恐らく前の光景を見てしまった事が原因なのだろう。
俺はその中でも取り分け列の短いところに並んだ。どうやら他の冒険者志望の人は受付担当がおっさんだったからか敬遠したらしい。酷い格差社会である。
「何か世知辛いな……」
「そうだねぇ……」
そうこう言っている間にも順番が回って来た。
担当のおっさんは……焦げ茶色の肌の重厚感のある体つきのおっさんだった。それでいてかなり強面だから冒険者志望の少年少女が敬遠した気持ちが何となく分かる。
「はぁ……加入だな?」
おっさんは苛々した様子で短く尋ねた。
「は、はい」
「じゃあ、ギルドの公式パンフレット購入はしたか?」
はて、と首を傾げるとおっさんは溜息を吐きながら疲れの滲む顔で説明した。
「ギルドってのは死人が沢山出る。だから予めシステムに理解があってリスクに同意した上で無茶をやらずに仕事を完遂する事が出来る人材が必要なんだよ。だから、見る見ないは自己責任として冒険者になりたいならギルドの公式パンフレットは必ず購入して貰う。その上でパンフレットに同封されてる利用規約とエントリーシートに必要事項とサインを記入して最後にギルドカードを購入して貰う。これで理解したな?」
「はい……」
「じゃあ次だ。パンフレット代が銀貨二枚、ギルドカードが銀貨二枚。紛失時の再発行は銀貨三枚だ」
幸いまだエリオットから奪った金はかなり残っていたので普通に支払うと強面のおっさんは驚いた様子だった。
「……渋ったりごねたりしないんだな」
「え、そんな奴いるんですか?」
「これが結構いるんだよなぁ……。丁度お前さんみたいなカッコの貴族のドラ息子でな…金の力で黙らすことしか知らないバカ共だよ全く……。クレーム対応とか精神抉ってくるし……。パンフレットの情報知らないから利用規約に反して賠償金請求しやがるし……」
何かドス黒い得体の知れないモヤがおっさんを起点に立ち込めて来て……なんだか可愛そうになってくる。
「……ここだけの話な、隣の受付嬢が見た目採用でなぁ。ルーキーは皆んなあっちに行っちまってよ。挙句、受付嬢がよ『あ、エンゲルさん今暇ですよね! こっちの仕事とクレーム対応お願いします!』って仕事丸投げすんだわ……。だから厄介な仕事と面倒な仕事しかこっちに来ないし、受付嬢がルーキーの対応した時の余りがこっちに来たら来たで『受付嬢と談笑する機会が失われた』って逆ギレされるんだぞ?正直、ギルド職員より農家になりてぇよ……」
おっさんの闇は深いようだ。どうやらここら辺の世知辛さは異世界でも変わらないらしい。
「っと、愚痴っちまったな。悪い、今のは忘れてくれ」
「本当にお疲れ様です……」
俺はおっさんから書類一式を受け取りながらそう呟いた。
公開されたハンドアウト
・魔王=裏切り者の剣士
・運命愛
公開されていないハンドアウト
・追想で出た六年前の夏以外の台詞
該当部分
――『止せ!!止めてくれ!!そんな事をやったらいけない!!』