Even if it is folly ,I can only do it【4】
めっちゃ悩んだ挙句そこまで変わらなかった悲劇……。
暗黒期を終えて梶は更に……異様にモテた。
まぁ根本的に梶はええ奴な上、腕っ節もあったからこの街の人間誰もが梶を好くのは当然だったとも言えるかの。
ワリャはそんな梶を羨ましくは思うたけんど疎ましくは思っとらんかった。ワリャと梶は変わらずに親友だったわ。
ただ……たった一人篝はそのままではいられんかった。
ワリャは男の友情と女の恋慕を同質のモンやと勘違いしとった。
篝は梶が自分の物やと喧伝し始めたんや。想い募らせ過ぎて遂に『運命』や『義務』を口にするようになった。
梶を自分に縛り付けておく事でしか側にいれないと思うとったんやと思う。
何たって相手は街に……街の全てに愛された男や。自分が縛り付けないと無条件に与えられる街からの愛に靡くんじゃないかって、不安な日々だったんやろな。
ワリャにはそれが酷く危うく、脆く思えた。
だから、再三注意もしたし、できる限り不安を払拭できる様に頑張った。
ただ……その全部が裏目に出たんやけど。
人には人の世界がある。
皆んな同じように生きてるようで見ている世界には致命的なズレがある。
ワリャが見てる世界はワリャが知る限りしか広がらない。井の中の蛙大海を知らずやないけど、鳥と魚じゃ見える世界も違かろう?
同じ事が個人にも言える。
例えばーーワリャの視界にはあんさんがいるけどワリャの視界にはワリャがおらん。けんど、あんさんの視界にはワリャがおる代わりにあんさんがおらん。そんな感じや。
一人一人、見えるものが違う。
まぁ、何が言いたいかというと、の。
ワリャ目線、危うい幼馴染に助言を与えた、ってのが。
篝目線では二人だけの世界に介入する邪魔にしかならなかった、ってことや。
篝にはもう梶しか見えとらんかった。余りにも傲慢やった。やれ、『私の梶に手を出すな』だのやれ、『私が梶を守る』だの。
献身的ってのとは違うんよ。現実に即してない。梶を見ているようで梶を顧みていない。
思うに、篝の世界には梶しかいなかった……違うか。梶だけが世界だったんや。
篝にとって世界の核になってる梶を失えば篝の世界は壊れる。だから篝は文字通り精神崩壊一歩手前なのを梶に縋る事で永らえとった訳や。
でもワリャ以外の街のモンはそれを良しとは思わんかった。あの手この手で二人を引き離そうと画策した。
中には嫉妬から男をけしかけて強姦させようとした案件もあったわ。
ま、篝も『剣姫』って呼ばれた実力者やさかい。そんな奴らは返り討ちに遭ってたんやけんど。
そんな事もあって、のほほんとした日常を過ごす梶と、毎日精神をすり潰す戦いに身を置く篝で更に境遇が乖離してしもうてな。
篝は梶以外は全員敵意を持っているって思い込んで、梶の反応が投げやりやったりしたらそんだけで雰囲気が一転した。
篝は心を病んでしもうたんや。もうか細い糸一歩だけで心が保たれとった。
だから……篝はある時、ついに壊れてしもうた。
忘れもしない、ワリャと篝と梶の三人でいつものように森から来る魔獣を狩っていた時。
そん時にソイツは現れたんや。……『霞の穏鬼』は。
ソイツにはあんさんも見た通り消える能力があった。ただ、こっちはハザミでも屈指の実力者三人。消えれるとは言え『剣聖』と『剣姫』の波状攻撃ので押し切れる程度の敵でしか無かったんよ。
まぁ、ワリャだって『烈風』って呼ばれた男やさかい、致命傷は無理でも削る自信はあった。布陣は盤石やった。その筈なんや。
けんど、実際には最悪な事が起きた。
……『霞の穏鬼』は最後に一瞬だけ消えると自分から篝の刀に自分の腕を貫かせたんや。ほいたら、そのまま梶に突進して腕に刺さった刀でもって梶の頬を少し切った。
そんだけや。最期の悪足掻きだったんやろな。その後には自然消滅したんやけど。
ただ、それが最悪やったんや。篝がなまじ強く刀を握ってたもんやからそのまま半ば引きずられるように梶の前に移動してしまっての。
……篝からしたら、自分が梶の頬を切ったみたいな構図になってしまったんよ。
あの絶叫を、ワリャは未だに忘れられへん。
『わ、私が、……梶を? 違う! わ、私じゃない!! 私じゃ……私じゃないッッッ!! だって、私が、梶を斬る訳……いゃ……嫌……嫌ァァァッ!!!』
……ワリャは篝の無理矢理意識を刈り取ったわ。
そうでもしんと今度は篝が魔獣になってまうと思うてな……。
でも、魔獣にならなくても、篝の精神は限界を迎えた。……自分が梶を傷付けたせいで篝の心を保つ糸が切れてしもうたんや。
これ幸いにと元から篝を嫌っとった街の人は『剣姫』が『剣聖を殺害しようとしたとか言う噂が流した。……噂は怖い。尾鰭が生えて悪化して行くからの。
篝はとっくに壊れた自分の世界を守る為にか刀を手にワリャの屋敷に押し掛けて……抜刀しよった。
『剣姫』は女性の中で一番の刀の遣い手に付けられる名前やさかい。ワリャじゃ……どうにもならんかった。
……ただ、逃げるしかなかった。
でも、或いはあそこでワリャが死ねていたら。
更なる最悪は避けれたかも分からんわ。
ワリャの逃げた先にはーー偶々『剣聖』が。
ワリャの親友がおった。
いつも二人で遊び歩いとったさかい、屋敷の周りにおってもおかしくは無い。
けんどーー間が悪過ぎた。
梶は篝を止めて、その行動を咎めた。
でも、それは篝の世界を否定するってのと同義やった。だって、梶が世界なんやから。
♪ ♪ ♪
その日の空模様は一面の曇天だった。鈍色をした重々しい雲が街を覆い隠している。
「何故だ…何故裏切る!? 私は! 梶だけいればいいのに!! 梶が私の側に居ればそれで!! だから私が邪魔をする奴は殺して、殺して殺してッ!!」
長い黒髪が絶叫と共に靡く。
市街地からは既に遠く離れ、此処にいるのは男女三人。
穏やかで無い雰囲気の中、説得は難航していた。
「篝!! お前ッ! 一がどれだけお前の為に尽くしてたか……俺の手伝いをしてくれたのか知ってるのか!? 俺一人じゃ噂だって揉み消せなかったんだぞ!! それを家の立場を使って払拭したのは一だ!! 俺達の為に泥を被った親友を、お前は斬るのかよ!! いい加減目を覚ませ!!」
「黙れッ!!」
幼子の癇癪のように少女は叫ぶ。
その瞳には光が宿っておらず、深淵を意識させるような色合いを帯びていた。
そして少女は凩に斬りかかりーー。
キィィィンと澄んだ音。
余りにも澄んだその音は常人であれば音叉を鳴らしたように聞き間違えるかもしれない。
「『剣聖』梶、……親友の想いを守る為、親友の目を覚ます為、抜刀する」
己の刀を手に『剣聖』梶水面は凩と篝との間に割り込んだ。
「俺が目を覚ませてやる。こうなった原因は俺なんだろう? なら、俺がきっちり終わらせるっ!!」
「邪魔をするなぁぁぁッ!!」
踏み込む脚は両者とも力強く、けれど舞のように軽やかに。
「綾波ッ!!」
「鈴蘭ッ!!」
『剣聖』の流れるような斬撃と『剣姫』の舞うような突きが交錯する。
「破ァッ!!」
梶が叫びながら刀を押し込む。
力強い剣技が篝の元に雪崩れ込むーーかのように思われた。
成る程、単純な力のぶつかり合いであるならば梶の有利は揺らがないだろう。
「なっ!?」
しかしーー苛烈さでは篝が優っていた。
そう、確かにただの打ち合いでの胆力には『剣聖』が勝る。しかし、手数と速度では少女が圧倒的な有利を握っている。
つまりーー。
「う…うぉぉぉォォォォッッ!!」
裂帛の気合いで肉薄するも、刺突によって尽くを弾かれる。
至る所から衝撃が加われば『剣聖』とて無事はあり得ない。
いや、『剣聖』だから無事でないの程度で済んだのだ。
それが刀であればーー。
「なっ!?」
……その日、『剣聖』を『剣聖』足らしめた刀が折れた。
ところで、チェーホフの銃って凄くないですかね。
ストーリーに持ち込まれたものは、すべて後段の展開の中で使わなければならず、そうならないものはそもそも取り上げてはならないのだってやつなんですけど、これ見た時に衝撃受けましたもん。
……自分の作品はこうありたいものです。




