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A demon who disappears in the dark【1】

 一方、清人と別れて単身で魔獣の蠢く森へと飛び込んだ凩は地面に己の木刀を突き立てながら肩で息をしていた。


「ったく、いくら何でも数が多過ぎるやろ。全く……木刀じゃ相手し切れんわ」


 凩は生粋のハザミの男児。刀を遣う事を誇りとし、その身体は刀を振るう事に特化している。

 しかし、凩は劣勢に陥っても刀では無く紛い物ーー木刀を使い続けていた。


「こんなん使うしか無いやろ。……ワリャの刀を」


 凩が木刀のみを使う理由。いや、刀を使わない理由。それはーー。


「ほいたらささっと……抜刀」


 凩の手には一振りの刀。


 但しーー渋い色合いの鞘から抜かれた刀身は半ばから折れていた。


「折れた刀は武士の恥。異邦人とは言えどこれを清人達に見られる訳にはいかないんでの」


 ハザミ。それは武人のみの集まる閉じた魔境。そのハザミに於いて刀は魂と同義である。

 故に折れた刀は武士の恥とされ、それだけで遣い手の技量不足を物語るとされる。だから凩はこの土壇場に到るまでずっと刀を使うまいとしていたのだ。


「抜いたからには一体も討ち漏らしてやらんから……覚悟しや」


 好戦的な笑みを浮かべながら凩は折れた刀を手に地面を蹴った。


「疾ッ!!」


 戒めを解き、本来の戦法へと移行した凩は止まらない。


 卓越した戦闘技術、そしてそれに見合う鍛えられた肉体。

 そこから放たれる重々しくも速い斬撃は一度に数体の魔獣を吹き飛ばし、剪断して行く。

 それは戦場に吹き荒ぶ一陣の木枯し。

 高速で戦場を駆け抜ける赤髪は正に『烈風』と称するに相応しい。


「刈り取らせて貰うで。それこそ一匹残らず、の」


 凩は眼前の魔獣達を睨むと再び疾駆を開始する。



♪ ♪ ♪



 戦場に異変が起きたのは粗方の魔獣を蹴散らしてからだった。

 ざわめいていた森はいつしか異様なまでに静まり返っている。

 生まれてからずっと近くにあった森の明らかな異変に凩は眉を顰めた。


「……何かとてつも無い奴が来る気配が来る」


 凩はそう呟く。


 それは濃密な負の気配。

 魔獣としての格が明らかに今までの魔獣と異なる、そんな気配。


 折れた刀を構え、油断無く辺りを見回す。

 するとーー。


「ぐっ……!」


 凩は何者かによる不意の殴打によって後方に吹き飛ばされた。

 意識外からの一撃により端正な顔が苦痛に歪む。

 腹部が痛むのを無視してもう一度辺りを警戒するが特筆して異変は見当たらない。


 軽く息を整えると目を瞑り、耳を澄ませる。

 すると、微かに草木が大重量によって踏み潰されるような荒々しい音がした。


「……そこかッ!!」


 己の聴覚のみを頼りに振った刀はその魔獣の拳と打つかり、火花が散る。そしてその一瞬、森に隠れ潜んでいた拳の主はその姿を露わにした。


「お前は……霞の穏鬼おにッ!!」


 刹那の火花が照らし出したのは一匹の鬼。

 大人の二倍程ある背に、硬い巌のような鈍色の筋肉。そして闇夜に妖しく光る朱色の単眼。


 凩はその鬼をよく知っていた。


 通称『霞の穏鬼』。

 

 ーーかつて凩の刀をへし折った張本人である。


 驚愕したのは一瞬。凩はすぐさま返す刀で斬りかかる。


「くっ……なんて硬さや!?」


 しかしその刃は硬質な皮膚によって阻まれ、キンと甲高い金属音を響かせた。



 対する霞の穏鬼は緩慢な動作で拳を振るった。大振りで単調極まり無い一撃を凩は最低限の動作で回避する。


 そのまま曲芸師のような軽快な挙動で後退すると刀を正眼に構える。

 すると、実に奇妙な現象が起こった。


「やっぱし消えるか……」


 鬼の姿がいつの間にか視界から消えていたのだ。一瞬、一秒、一刹那すらも目を話はしなかった筈がまるで霞のように風景と同化して見えなくなっている。


 これこそが霞の穏鬼の霞たる所以。

 目を離さなかったとしても一瞬で姿を眩ませる能力を霞の穏鬼は持っているのだ。


 そうなると凩は常時聴覚に依存した戦闘を余儀無くされる訳である。

 敵は鈍重。しかし一撃の重さは凩の数段上を行き、その皮膚は刃を通さない。

 そんな相手に折れた刀で挑んでも敗北は必至。


「ワリャが……あの霞の穏鬼はワリャが打ち倒す」


 しかしそれでも凩は決意を込めて瞳を閉じる。

 全神経を耳に集中させ、感覚を研ぎ澄ます。


「……音が、しない?」


 けれど聞こえるのは自分の荒い息遣いのみで、不自然な音は聞こえない。


 ーー否。


「上から来るぞ!! 気を付けろッ!!」


 その声は屋敷付近での戦闘を任せていた異邦人、杉原清人の声だった。

 何故此処に来たのか? 魔獣達はどうなったのか? 刹那そんな疑問が浮かんだ。


 そして、一拍遅れて上を見ると。


「なっ……!?」


 愉悦に歪む隻眼が、凩の姿を捉えていた。

 霞の穏鬼は凩が目を瞑る寸前に跳躍していたのだ。故に、地表を移動する事を想定して聴覚のみに頼った凩は寸前まで鬼の所在に気付けなかったのだ。


 目の前に迫る拳は純粋な死。今からではとても避けられそうに無い。


「死なせて堪るかよ、『災禍の隻腕』ッ!! からの『加速アクセル』ッ!!」


 己の死を悟ったその瞬間。


 清人が、凩を突き飛ばしーー。



「へぶっ!!」


 骨を破砕し、地面を穿つ音が静かな森に響き渡る。


「清、人?」


 土煙が晴れるとそこには、一輪の血色の花が咲いていた。


「嘘やろ……ワリャは、ワリャは、また守れんかったんか……?」


「それは、違うよ」


 凩の問いに少年の声が答えた。その声は清人の傍にいた南瓜の妖怪、ジャックのものに相違なかった。


「清人が間に合っただけかな。あの様子ならそろそろ起き上がると思うよ」


 ふと、森がかすかに明るくなっている事に気付いた。そしてその光源は件の血色の花。


 いや、違う。それは揺らめく炎で出来た紅蓮の花。


「リボーンじゃオラッ!!」


 そして清人はそう叫び出した。

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