I'm just thinking about the days away【4】
結局、俺たちの恋話は俺のやり過ぎによって幕を閉じた。
ジャックも凩も沈んだ面持ちで自分の部屋へと戻ってしまい、一人取り残された俺は布団に入って自己嫌悪に沈んでいた。
「……完全にやっちゃったな、これは」
溜め息混じりにそう呟く。
まさか「さっきのはほんの冗談で、事実無根の嘘っぱちだ」と繕える訳も無く、感情任せにとんでもない事を言ってしまったその事実に対して頭を抱えずにはいられなかった。
結果的に俺はやらかしを、それもとんでもないレベルの大やらかしをしでかしてしまった訳だ。
「二人とも顔を青くしてたし、何とかフォローしないとだけどどうすれば挽回出来るのか検討もつかないし……本当にダメダメだな」
だが、何事かをしようにも丸一晩を戦闘に明け暮れた身体は疲労していて気怠く、それに加えてこのドンヨリも合わさり全く動く気がしない。
ならばせめて体力を回復する為に寝ようとしても神経が過敏になっているのか中々寝付けない。
どうしたものかと思案していると不意に声が聞こえた。
『無様だな』
その声は聞き覚えのある高く澄んだ変声期前の少年のソプラノボイスだった。
「……オルクィンジェ」
その声の主はオルクィンジェ。
現在、やや気まずくなっている俺の中の同居人だった。
……勿論その原因も大体は俺にある訳で、ただでさえ沈んでいた気分は急降下していく。
『全く、お前は無様だ。何だあの様は見ていていっそ哀れに成る程無様だったぞ』
何処か嗜虐的な声でそうなじられると俺のガラスのハートはギシギシと軋むような音を立てた。
……もうやめて欲しい。俺のメンタルはとっくにゼロなのだ。もう勝負はついているのだ。
『だが……そうだな。お前が無様過ぎるから慈悲の一つでも掛けたくもなった。……感涙に咽ぶが良い。世の中で俺の子守歌を聞ける人間などお前の他にはいないのだからな』
「一体何を言って……?」
オルクィンジェはすぅと息を吸うと耳元で。
『一万年と二千年前から愛してるぅぅぅぅッ!!』
鼓膜を打ち破るかのような勢いでアクエリオンし始めた。
しかも最初からクライマックスとばかりにサビから。
それは決して下手な訳ではない。寧ろめちゃくちゃ上手い部類だろう。
ただ上手いが故に声量が半端なものではなく、耳元でマイクを持ったオペラ歌手が大音量で歌っているかのような感じがした。つまるところ完全に耳レイプである。
「うるさっ!! 世界の始まりの日が来る前に耳が終わるだろ!?」
耳を塞ぎながら涙目で訴える。しかし、耳を塞いだ所で実際に歌っている訳は無いので相変わらず少年の美声が絶えず流れ続ける訳で、オルクィンジェが歌い終える頃にはグロッキーになっていた。
一頻り歌い終えるとオルクィンジェは何処となく満足げにふぅと息を吐き、それから少し愉快そうに笑った。
『成る程、意趣返しとは中々に心躍るな。よく覚えておこう』
「今のは意趣返しだったのかよ……」
激しい運動をした訳でもないのにぜいぜいと荒い息を吐きながらそう呟く。
意趣返し、と言うのは恐らく『デイブレイク』が誇る六人の大幹部の一人、『拒絶姫』ことテテとの戦いの時の事だろう。あの時はオルクィンジェが暴走した挙句閉じ籠もったので意思疎通を図る為に止む無く『俺の歌を聴け!!』と変なノリでめちゃくちゃやったのだったか。
今まで触れなかったからすっかり忘れていたがどうやら相当根に持っていたらしい。
『さて準備運動も終わった事だ、今度は本気でやろう』
「ちょっと待った、まだ何かやったか俺!?」
『ふん、それはお前の胸に聞け』
意図せずして「何かやっちゃいましたか」系ムーブをかましてしまったがそれも仕方ない事。最近は濃密なイベントが立て込んでいたから自分がどこどこで何をやらかしたのかあまり覚えが無いのだ。
今度は何が来るのかと身構えたが、暴力的な音の奔流はいつまで経っても来なかった。
その代わりに。
『ゆりかごのうたをかなりやがうたうよ』
耳に覚えのある、優しいフレーズが聞こえた。
「この曲は……何で……」
その曲は……テテとの戦いでオルクィンジェを落ち着けようと歌った子守唄だった。
『ねんねこねんねこねんねこよ』
柔らかな声が身体を包み込むと段々と目蓋が重くなってくる。
「……」
一つ欠伸をすれば次第に力が抜けて、意識は暖かな微睡へと誘われて行く。
『……お前はもう休め。流石に今のお前は見るに耐えん』
何処か心配そうな声を耳にしながら、俺は深い眠りへと落ちて行った。




