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I'm just thinking about the days away【3】

一話目の清人視点が遂に明かされますが……例によって地獄。

ただただ地獄。ひたすら地獄。

 俺の部屋は青い男たちの熱気に包まれていた。


「あんさん……中々やるの」


「そう言う凩もかなり強いな」


「僕も負けてはいないかな」


 俺たちはそれぞれを見遣りながらそう口にした。


 凩の登場により突如として始まった恋話は相次ぐ性癖の暴露によりその趣旨を大きく変え、萌えるシチュエーションについての談議。そして萌えの方向性の違いによって生まれる対立に次ぐ対立を引き起こしていった。


 そして気付いたときにはあら不思議、休息の為の部屋は静寂や平穏とは程遠い白熱した戦場と化していた。


「さて……体もあったまってきた頃合いや。どうや、そろそろ次に行かんかの」


 俺はそれを耳にして思わずゴクリと硬い唾を飲み込んだ。


「遂に来るんだねぇ……リアル恋愛トークの時間が」


 そして、一週回ってからこの恋話の本筋、即ち実体験の話に変わった。

 これまでのああしたいこうしたい、あれが良いこれが悪い、といった願望とは違い経験を話すフェイズだ。


 だが、俺には恋というものがよく分からない。

 恋愛経験は絶無だし、何よりも恋愛にあまり良いイメージが無い。

 しかし凩の話し相手になるとも言ったし、凩には今の時点でかなり世話になってもいる手前、約束を反故にするのは避けたい。


「ただ、僕は恋愛とかは疎いからねぇ。無い袖は触れないしここは退こうかな」


 そう言うとジャックは布団から退いてその場でふよふよと浮遊し始めた。


 すると俺と凩が対面になる形で取り残される訳で。

 ジャックが退いた布団の上は俺と凩での一騎打ちの様相を呈していた。


「じゃあ、あんさんの体験とか話してはくれんかの?」


「……さてと、どんな事を話したものかな」


 顎に手を添えて如何にも経験豊富そうなムーブをかましながら本当にどうしたものかと思案する。

 するとジャックが何かに気付いた様子で表情を強張らせた。


「あっ……そう言えば清人の好きな人って」


「清人の好きな人がどうしたんかの?」


 ジャックの態度に対して凩は首を傾げる。

 そう言えばジャックには旅の合間に少しだけ俺の過去を話してあったのだったか。

 ……俺が口を開いたら話が重くなる事に気付いてしまったのだろう。


「俺は一応話せるけど……確実に話が重くなるだろうし、未だに割り切れてないところもあるから感情的になるかもしれない。それでも聞きたいか?」


 だが、熱気に当てられた俺はそんな事を凩に問うていた。


「と言うと……何や悲恋の話かの? ……ちょいと不謹慎やと思うけんど興味あるなぁ」


 凩は何処か期待する視線を俺に向けてきた。

 ……凩がそれを聞きたいと言うのなら態々吹聴するような事でも無いが少しだけ話をしよう。

 「いや、これは俺では無くてあくまで知人の話だけど」と前置きしてから俺は口を開いた。


「……その知人には幼馴染がいたんだ。その子の名前は高嶋唯。ちょっと大人びた女の子でさ。知人は唯に心底惚れてた……らしい」


 そこまで言うと平静を保つためにほぅと大きく息を吸った。

 曖昧に言葉を濁していても、余りにも生々しい記憶が実感を伴って脳裏を過ぎるのだ。

 二人で過ごした幸せな時間も、二人で過ごした平穏な日常も……全てが終わった事故の事も。その後の事も。その全てが狂おしい程に胸を締め付ける。


「そして二人は惹かれあって、付き合うようになるんだけどさ、知人はある日見てしまうんだよ。……唯が見知らぬ誰かに強姦される場面を」


 強姦、と言った瞬間凩とジャックの顔が目に見えて青褪めるのが分かった。

 だが、まだ話は終わりじゃ無い。 

 悲劇はまだまだ終わらないのだ。

 ……残酷にも終わってはくれなかったのだ。


「それを見た知人は……気まずくて唯と話せなくなった。いや、最初は自分が捨てられたんじゃないかと思ってめちゃくちゃに泣き腫らした。けど、ある日思い直すんだ」


 ジャックが震える声で「どう思い直したの?」と尋ねた。


「唯は強姦されただけで、きよ……知人を捨てた訳じゃ無いのかも知れないって、な」


「じゃ! じゃあ! それで二人は改めて付き合って幸せになったんだよね?」


 ジャックの縋るような問い掛けに対し俺はゆっくりと頭を横に振る。


「……残念だけど、そうはならなかったんだ。知人はある日の夜、唯に呼び出されたんだ。だから、そこで尋ねようとしたんだ。『唯は本当は強姦されていただけなんじゃないか』って。……『もう一度やり直せないのか』って」


 そう、清人は心底唯に惚れていた。

 例え唯が処女なくても、それでも唯が好きだった。唯だけが好きだった。清人には唯しか居なかったのだ。

 清人には唯が必要で、唯が笑顔でいてくれさえすれば例え虐められようが、殴られようがヘラヘラと笑っていられた。……それ程までに清人は唯が好きだった。


 だから、それだけに俺はこの結末が大嫌いだ。


 思い出す度に怒りで頭が真っ赤に染まって、口がカラカラに乾くような、そんな誰も救われない最悪な結末が。


「そう、伝えようとしたんだ。だけど……その前に高嶋唯は自殺したんだ」


「え?」


 ジャックの何処か悲痛そうな声が静まり返った部屋に反響する。


「……高嶋唯は知人の目の前で、自殺したんだ」


 あの日、唯は清人が「もう一度やり直す事は出来ないのか」と、そう尋ねる前に車の前にその身を踊らせて、冗談みたいに撥ねられて。


「唯は知人がもう一度を伝える前に自殺したんだ。……しかもさ、最期の言葉が『好き』だったんだぞ? こんな……こんな事があるかよッ!!」


 怒りが、理不尽が喉元を逆流して口を突くようで語気も荒々しいものへと変わって行く。


 こんな最悪な答え合わせを俺は他に知らない。


 けれどまだ。まだ悲劇は終わってくれなかった。

 これで終われたならばどれだけ救われた事か。


「それだけじゃない。翌日何とか学校に行ったらクラスメイトに何て言われたと思う? 『人殺し』だって。何人にも何人にも『人殺し』って言われたさ! 正直気が狂いそうだった……。何も知らないくせに、無遠慮に、人の心を平然と踏みにじるんだ……!!」


 恋の話はこれで終わりだ。だけれど理不尽に対する怒りは収まるところを知らず、また喉元まで込み上げてきては叫べ、叫べと急き立てる。


「あいつが……あいつがッ!! 一体何をしたって言うんだ!! 何も悪い事はしてなかったのに!! なんであいつばっかり!!」


 はっと気付いた時にはもう遅かった。


「……清人?」


 凩もジャックも端的に言ってドン引いていた。


「……悪い。感情的になり過ぎた。飽くまで知人の話だから、あまり気にしないでくれ」


 熱かったはずの部屋は冷め、重々しい沈黙が辺りを漂っていた。


 ……馬鹿かよ、俺。

公開されたハンドアウトもとい一話目の補足。


・一話目の時点で高嶋唯は父親によって強姦されている。


・唯は清人の目の前で自殺する事によって清人の記憶の中で永遠に生き続ける事を考え、清人を夜中に呼び出した。


・清人は唯に『あの日見た光景は強姦であったのかか否か』を問う気でいた。もし唯がまだ清人を好きであるのならば『一度元の関係に戻りたい』と告げる予定で唯の呼び出しに応じた。


・清人が問いを投げかける前に唯は車の前に飛び出す。


・清人はその際唯に「好き」と言われ最悪な形で答え合わせをする事となる。


・唯の死後、清人はクラスメイトから『人殺し』呼ばわりされ元から危うかった精神のバランスを本格的に崩してしまう。

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