I'm just thinking about the days away【2】
ずぞぞっと麺を啜る音が鳴り響いていた。
俺たちは何やかんや先程お仕事もとい苛烈過ぎるデスマーチを終え、凩の奢りで皆んな一緒にうどんを食べていた。
俺はオーソドックスな温玉乗せのぶっかけ、ジャックはカレーうどん、凩は天ぷらうどんだ。約一名限りなく現代的な食べもを食べているがきっと気にしたら負けなのだろう。
「にしても俺達は奢りで良かったのか?」
「良いに決まっとるやろ。ってか仕事の報酬なんやから何も気にせずたぁんと食いや」
凩に促されるまま俺も周りに倣ってずずっと麺を啜りながら「仕事と言えばーー」と隣でモリモリと天ぷらにかぶりつく凩に尋ねた。
「凩、さっきのあの魔獣達は一体何なんだ?」
俺も二度デスマーチ……スタンピードを経験してはいるが、先程のそれは今までに比べて余りにも数が多かった。正直なところ凩が居なければ早々に逃げに走っていた事だろう。
あれが自然と集まるのは異常としか思えない。
「ん? あぁ、アレな。何もかんも普通に魔獣や。それ以外の何者でも無いしやろ。そいつらが晩になると懲りずに群れて襲って来る。そんだけや」
「魔獣達が出てくるのは何が理由かって言うのは分からないのか?」
「さぁの。ここいらが特別絶望を溜め込みやすい場所やとか、ここで非業の死を遂げた武人の絶望が未だに残っとるとか、色々説はあるんやけんどハッキリとは何も分からん。ただ分かっとるのは大昔からワリャの家の近くにあるえらい大きい森から奴等は湧いて来て絶望を振り撒くべく夜な夜な現れるって訳や」
そこまで言うと凩は丼を両手に持ち、微かに油の浮かぶダシつゆをぐいっと飲み干した。
「因みにワリャの仕事は毎晩あそこで戦う事や。ずっと深い森の最前線で刀を振るい続ける代わりに結構な額を貰っとるって言えば分かりやすいかの」
一人一部屋使えて、その上ご飯は奢り。その分の金は何処から出ているのか少し疑問だったのだ。
俺たちに対する破格の待遇も凩の仕事の恩恵だと考えると何処か納得がいった。
「その……迷惑掛ける」
「ええんよ。ワリャだけやと金なんて使いきれんし……金があっても地獄には持って行けんしの」
そう言うと凩は表情を陰らせた。
そうだった、凩は両親を亡くしていると言っていた。恐らくは凩の前にあの辺りの魔獣達を倒していたのは両親なのだろう。だが……。
「っと、すまんの。ちょいと湿っぽくなってしまって。忘れてくれや」
「……ああ、重ね重ねすまない」
重々しい雰囲気を払拭するように啜るうどんはぬるくて少しだけ伸びていた。
♪ ♪ ♪
凩の屋敷に戻ると早速片付けた部屋にに布団を敷いて寝る準備を整えるとすぐさま横になった。
なったのだが……。
「……何か落ち着かないな」
何だか落ち着かないのである。
一人でポツンといると余りにも静か過ぎるように感じてしまう。それは部屋が広いのもあるのだろうが、恐らくジャックとの泊まりに慣れてしまったからなのだろう。
ジャックが基本的に毎晩煩くしていたからか、静かだととんでもない違和感を感じるようになってしまった。
とは言え寝れないのは問題だ。
ここは恥を偲んでジャックの部屋に突撃するのもアリかーーなどと考えていると。
「清人!! 寝れないよぅ!!」
当の本人が部屋に飛び込んできた。
「……あっちから来ちゃったよ」
「いや、だって部屋が広過ぎるし! 清人をいじり倒しながらじゃないと眠れない体になっちゃってるんだよ! それに清人の寝息とかをASMR代わりに使えないしさぁ!」
「人の寝息を勝手にASMR代わりに使うなよな!?」
全く、人の寝息を何だと思っているのだろうか。睡眠導入に使われる身にもなって貰いたい。
「……と言うかASMRの概念もイデア界にあるのか」
俺の中でのイデア界のイメージがどんどん壊れていく。何か神々のいる神聖な世界って感じだったのに一気に身近になった気がする。
「イデア界はイデア界だからね。人々のアイデアの源泉、原典の世界だからその辺も一応網羅してるのは当然かな」
「何だよそれ」
ジャックが来たら来たで今度は何だか煩くて眠れない気がしてきた。
「……取り敢えず布団に入るか」
そう言って布団に包まろうとした時だった。
「ワリャ抜きで何か楽しそうやったから来たで!」
家主の凩までが部屋に飛び込んで来た。
「修学旅行の時の高校生かよ……」
そうやって頭を抱える。これでは尚更眠れないではないか。
しかもこの状況は酷く不味い。
修学旅行みたいなテンション、広い部屋、男が二人と一体。何も起きないはずも無くーー。
「あっ、せや! 恋話とかしん? ワリャあれやってみたいんやけんど」
野郎三人によるまるで地獄のような恋話が始まりを告げた。




