People bound to the past【5】
粗方部屋の掃除を終える頃には日が暮れていた。
「……なんとか終わったな」
額の汗を拭いながらそう呟いていると襖がいきなり開かれた。
次いで見慣れた触手のようにウネウネと動くハタキを持った蔓がじわりじわりと侵入して来る。
「……ジャックか」
「exactryかな!」
やはりと言うか、蔓の先にいたのはジャックだった。
ただいつものローブ姿とは違って、何処から漁ってきたのやら、三角巾とエプロンを身につけている。おまけにハタキ持ちとなると見た目は完全に家政婦さんのように見えなくもない。
ただ悲しいかな、頭の三角巾がどう考えても幽霊の着けている三角巾にしか見えない。
「そっちも片付いたみたいだねぇ」
そう言うとジャックはお姑さんのように天井やら畳の溝やらを観察し始めた。
……ここで『埃が溜まってるねぇ』とか言われたら無言でカボチャ頭にアイアンクローを食らわせてやろう。
「うん、合格! good jobだね!!」
だが何というか意外にも合格だった。どうやらお気に召したらしい。
ジャックはニッコリと笑いながらサムズアップした。複数の触手、もとい蔓が様々な角度でサムズアップする様子はどこと無く千手観音のようで何だが凄みが感じられる。
「……ん?」
「どうかしたのか?」
サムズアップしたと思ったらジャックは不意に訝しげに三角形の目を細めた。
「いや……清人何か凹んでる?」
「っ!?」
一瞬、もしかしたらさっきのオルクィンジェとのやり取りを聞かれて居たのかもと身を固くした。
だがそれはあり得ない。だってオルクィンジェとの会話はジャックには聞こえないはずなのだから。
「やっぱりそうなんだねぇ……。それで? オルクィンジェと喧嘩でもしちゃったのかなぁ?」
ドンピシャだった。それこそexactlyって奴だ。
「何で分かったんだ?」
「……清人は分かりやすいからねぇ。顔に出てたよ。君は隠そうとしてもこう……見え見え隠れ見え見え位の割合、つまり殆どまる見えな感じだからね。僕にはお見通しだよ」
「お前はモノクマか?」
「モノクマは知らないけど……それで? 一体どうしちゃったのかなぁ?」
……どうやら俺は顔に出るタイプであるらしい。
となるとここで喧嘩していない、と言うのにも中々無理がある。
俺は観念した風に重々しく口を開いた。
「実は……昼間の事なんだけどな」
「うん?」とジャックは眉根の代わりに目頭を寄せた。
「ほら、俺みたらし団子食ってただろ? それであん団子も食べたかったなぁって話になってな。それで途中まで和気藹々と話してたんだけど……途中から漉し餡か粒餡かで意見が割れたんだよ」
「んんっ?」
「オルクィンジェは漉し餡の滑らかさが至高だって言ったけどやっぱり粒餡だろ!? あのゴロッとした感じが良いのに、それを抜いたらそれはただの砂糖だろう……ッ!!」
「とってもくだらない理由だった!?」
「くだらなくないからな!? 良いか、こう言うのはキノコの山かたけのこの里、ミンメイか未沙かみたいな根深い問題なんだぞ! 下手したら戦争が起きるまである」
因みに俺は未沙派だったりする。やはり小悪魔よりも一途な感じの方が好感を持てると俺は思うのだ。愛、覚えている。
「うーん、そうなのかなぁ? と言うかオルクィンジェ漉し餡派だったんだ……」
「ああ、オルクィンジェは生粋の漉し餡派閥だ」
そう締め括るとジャックは一度首を傾げてから少しだけ悲しそうな顔をした。
「……まぁ君がそう言うなら信じるよ。だから何があったかは聞かない。けどちゃんと仲直りしないと駄目かな」
「……分かってる」
ジャックの言葉がチクチクとトゲのように胸に突き刺さる。
仲直り、か。何だか子供みたいだ。いや、実際のところそうなのだろう。伊達にAGE6認定されていないと言ったところか。
「それじゃあ凩の所に行こうか。きっと待ってるだろうしね」
「ああ、そうだな」
♪ ♪ ♪
凩の元に戻ると凩は縁側に腰掛けて一振りの刀を手に思索に耽っているのが見えた。
「おお! ジャパニーズサムライソードだねぇ!!」
何だかテンションの高いジャックはさておき俺もその刀を注視する。
凩の持つ刀は比較対象が無いからよく分からないがやや大きい部類に入るだろうか。
鞘の色味は渋く、髪からして派手な凩のイメージからは少し離れている気もする。
暫くその様子を眺めているとこちらに気付いたのか凩は小さく手を振った。
「もう片付いたんか。随分早かったの」
「まぁね。僕の蔓は自由に動くから物を持ったりしながら色々と出来るし、作業能率はかなり良い方だと思うよ」
ジャックはえっへんと胸を張る。
確かに蔓を第二第三の手に出来るのであれば大分効率が良さそうだ。
「さてと、ほいじゃああんさん達の仕事の内容を言うわ。一回しか言わんからよーく聞いとけな?」
ゴクリと喉が鳴る。一体どんな仕事をするのだろうか。
「あんさん達の仕事はーーワリャの補佐や」
成る程、仕事の補佐かと、納得しかけたのだが……凩はまだ何か言いたげにモジモジとしていた。
暫く視線を彷徨わせると小声で。
「あと……こう言うのもなんやけど追加でワリャの話し相手になってはくれんかの?」
そう、付け加えた。




