People bound to the past【4】
もうそろそろ出しても良いかな。
俺は先のダンディーなおじさまに代金を支払うと俺のオサイフは熱い季節とは裏腹に大分涼やかになっていた。
アニの気遣いが無ければポパイ生活ルートが確定してしまうところだった。
「さて、と。これからどうしたものか……」
思案するのは専ら翌日以降の事だ。取る宿もそうだし、これからどうやって生活するのかも大きな問題だ。
それに加えて俺自身のレベル上げ……練度上げを並列しようと思うとかなりハードルが高い。
先々の事を思うと気が重くなってため息が自然と溢れる。
と言うか、直近の問題に打ち当たるのは今晩からだったりする。
「野営……はナシだとして、宿の相場とか知らないんだよな。……ってか冒険者ってそう考えると良い仕事場だったんだな」
害獣駆除してお金を稼ぐ。色々と制約はあるもののレベルも上がるし、何よりも提携してる宿だと割引が適用されていたりと旨味は大きかったのだと改めて痛感する。
「宿と働き口……はぁ」
「何だか主人公らしからぬ呟きが聞こえるねぇ……」
俺の呟きを聞いていたのか呆れたよにジャックはそう言った。
まぁ確かに異世界らしからぬ事を言っている自覚はある。だがそれは致し方のない事なのだ。飲み込んで貰うしか無い。
「ん? もしかしてあんさん達、宿とか決めとらんのか?」
「……そうなんだよ。だから何処か良い宿とか……あと、良ければ働き口とかも紹介してくれると助かる」
さっきから非常に虫の良い話をしているのは理解しているが、それでも聞かなければならない身の上がとてももの悲しい。最悪引かれるかもと思うと胃がキリキリと引き絞られる。
いや、最悪で無くとも普通に引くだろう。
「あるで」
「そうか……そうだよな無いよな……ってあるのか!?」
俺には凩から後光が差しているように見えた。神様、仏様、凩様だ。余りの寛大さに崇め奉りたくなってくる。
「ってな訳でワリャのウチで泊まり込みで働いてみんか?」
「はい喜んで!!」
あまりの歓喜に俺は知らぬ間に滂沱の涙を流しながらコロンビアポーズを取りっていた。……そのせいでオルクィンジェ、ジャック、凩の三名を大いに困惑させたが、まぁきっとそれも仕方の無い事なのだ。
仕方ないったら仕方ないのだ。
♪ ♪ ♪
「これがワリャのウチや。ちょいと散らかっとるけど適当に退けとけば良いで」
「おぉ……なんと言うか、生活感満載だな」
俺とジャックはお店から少し歩いた所にポツンと一件だけ建っている立派なお屋敷に案内された。
そこに入るとその先にはーー屋敷は屋敷でもゴミ屋敷のような様相が広がっていた。
作務衣は脱ぎ散らされ、奥に進むと廊下にすら埃が被っている。
凩の両親はいないと言っていたのだし男の一人暮らしだと家事にも手が回らないのだろう。
ただ、日本で見たゴミ屋敷とは違って服や道具、小物類を片付けてやればあとは掃き掃除のみで大分綺麗になりそうな気がする。
「寝泊りは適当な部屋を使ってくれば良いで」
「本当に助かる」
そう言うと凩は人好きのする笑みを浮かべながら「ええで、ええで」と謙遜した。お陰でさっきから凩の株の上昇が止まるところを知らない。
「ただ、仕事の事もあるさかい。部屋を確保したらまた集合してくれんかの」
仕事、と聞いて表情が自然と引き締まる。今なら炊事でも洗濯でも戦闘でも行けそうな気がする。
「不束者だけどジャック共々、宜しく頼む」
そう言うと凩はぷっと吹き出した。
「あんさん、何か嫁ぎに来たウブな娘みたいやな」
「清人が嫁? うーん……ぷっ」
ジャックも凩に釣られてケタケタと笑い始めた。大方俺の花嫁姿でも想像したのだろう。俺にとってはとんでもないグロ画像でしか無いのだがジャックにとっては面白いらしい。この陰険カボチャめ。
「ジャック株は下落傾向……成る程、これが格差社会か」
「何か失礼な事思ってないかなぁ!?」
そうジャックと言い合っているとまた凩は笑い始めた。
「ぷっ……くくっ」
お腹を抱えて目尻には涙すら浮かべている。そんなに一連のやり取りが面白かったのだろうか?
「っと、すまんの。こう言うノリは久しぶりやさかい。別に貶しとる訳でも無いから気を悪くはせんといてや」
そう言いながら目尻の涙を拭うその姿は影が差していて寂しそうに見える。
その顔を見ると、心の奥底が古傷が疼くようで酷く落ち着かない気分になる。
「? どうかしたのかなぁ? 二人とも何だかいきなりしんみりしてない?」
「っと、取り敢えず片付けからやの。とは言え服は適当に退かしてくれればそれで良え。他に気になるところとかあったら呼んでや」
こうして何とも言い難い雰囲気の中、俺とジャックは泊まる事になる部屋の片付けを始めた。
作業の合間にも、先程凩が一瞬だけ見せた寂しげな顔が脳裏を過る。
「……」
『……考えるな。あの男が過去にどんな悲劇を見てああなったのかは知らないが、お前はこれ以上背負うべきでは無い』
オルクィンジェは俺の思考を読んだようにそう言う。
俺は世間一般の人よりは不幸な目に遭って来た。だからこそ、分かってしまうのだ。
悲劇と、不幸の匂いが。
「いや、あの凩がそんな筈が無い。よって背負うも何もそれは思い違いだ。残念だったな」
だから俺はそう嘯く。
それは一縷の願いでもあった。思い違いであって欲しいと言う、純粋で、悲痛な願い。
凩からはオルクィンジェやアニと似たような……悲劇の匂いがしただなんてそんな事、俺が勝手に思っているだけなのだと。
『清人……いや、■■。敢えて言ってやろう。凩は確実に闇を抱えている。それも根の深い闇をな。だがお前は……凩を助けるべきでは無い。目を塞ぐのも辛いだろうが、何も知らないフリをし続けろ』
「……その、名前は」
ああ、その名前を最後に聞いたのはいつだったか。数年前の事なのにもうずっと前のような気がしてくる。
『俺はお前の化けの皮が剥がれている事を良しとした。だが、その弊害をも良しとは出来ない。お前だって本当は分かっている筈だ』
「……そうか。残酷なんだな、オルクィンジェは。それだけ俺の事を分かっているのに止めるなんて、さ」
感情の抜け落ちたような冷たい声。それは自分の喉から発せられていた。
『悲劇を繰り返さない為に自分が傷付く方法では……お前が辛くなるだけだぞ』
「……」
『現にお前の振る舞いは杉原清人では無く■■のそれだ』
「……」
分かっている。自分は清人になれないなんと。
だからーー。
「少しだけ、黙ってくれ」
判明したハンドアウト
主人公≠清人
主人公は一体誰なんだろうね(白目)




