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Handout【Stand with me】

 俺はその日、叶人サボローといつものように他愛の無い話をしながら家の周りを散歩していた。

 春半ばとは言えど時折吹く風は少しだけ肌寒くて皮膚が粟立ち、薄着だったかと後悔する。


「……なぁ、清人は将来の夢ってあるのか?」


 そんな時、唐突にサボローはそう尋ねた。


「考えたこと無かったな……そうか、将来、か」


 将来と言う言葉を聞くと胸が真綿で締め付けられているような感覚に陥った。


「俺には……将来があるんだな」


 唯には永遠に来ない将来。

 唯と共に居られない将来。

 それを考えると鼻の奥がツンとして申し訳ないような、切ないような複雑な気分になる。


「けど、夢なんて無いな。やっぱり」


 俺は夢を持てない。夢を思い描けない。

 例えその先に輝かしい未来が待っているとしても今の俺には……その輝かしささえ燻んで見える。

 お金も、権力も、女の子も。俺には空虚に思えてならないのだ。


「そっか……」


 サボローはそう寂しさを滲ませながらそう口にした。


「やけに寂しそうだな」


「そりゃあ寂しいもんだよ。ほら、俺感受性豊かだし」


 サボローはそう言うとニッと悪ガキのような笑みを浮かべた。


「……と言うか、何でいきなりそんな話になったんだよ。文脈おかしくないか?」


「いや、夢を思い描けない哀れな若人を矯正しようと――ってのは冗談でさ、俺は知りたかったんだよ」


「何をだよ」


 なんだかサボローの態度が妙に気に障って俺はサボローを睨んだ。だけれどそこにあったのは何時もの馬鹿みたいな笑い顔では無かった。

 そこにあったのは何処までも真剣な面差しだった。


「清人がどうなりたいのか、清人がどうありたいのか。清人のなりたい自分を」


「どう、なりたい?」


「……そうだ。俺はそれが知りたい」


 そしてサボローは再三問い掛けた。「お前はどうなりたいのか」と。


 サボローが何故今そんな事を尋ねているのか、その意味はまるで分からないが、この返答次第で何かが決定的に変わってしまいそうな気がした。


 俺は暫く考えてから、意を決してその答えを口にした。


「……俺は、誰かを助けられる人になりたい」


 俺の本当の願いはあの日の惨劇を無かった事にする事だ。だけれどそれは叶わない願いだと分かっている。


 だからせめて、自分から死に向かって走って行ってしまう人の手を握って引き留められるような人になりたいと、そう思った。

 それがサボローの言う『なりたい自分』に該当するかは分からないけれど、それしか思い浮かばなかった。


「もう、あんなのは見たくない。……辛いのも、苦しいのも……もうこりごりだ」


「……そうか、清人は優しいんだな」


 俺がぽつりぽつりとそう言うとサボローは酷く優しい目をしながらストライプ柄のハンカチを寄越した。


「……これ、俺のハンカチ」


「細かい事は気にするなって。あれだ、ほら、共有財産ってやつ。分け合おうぜ? 何でもさ。痛みも苦しみも憎しみも怒りも、な」


「……何かえらくマイナスなものばっかりだな」


 目元を拭いながら少しだけ毒ずくとサボローはまたニッと笑った。


「そりゃあ、お前にはいっぱい幸せとか喜びとかを感じて欲しいからな。目指せ幸せいっぱいの狂禍楽園エデン!!」


「字面禍々しいな!?」

 

 サボローは一言で言うと変な奴だ。

 唯が死んでから暫く経ってからいきなり俺の目の前に現れて俺の日常を侵食し始めた侵略者。

 いい加減で、チャランポランな遊び好き。だけれど……時折とても優しくなる。


「……なぁ」


「ん? 何だ?」


「そう言えば、サボローの上の名前って聞いてなかったなって」


 俺がそう言うとサボローは眉根を寄せて困ったような顔をした。


「言っても良いけど、それは清人自身が気付かないといけないタイプのアレだからな……ほら、物語の序盤で核心的なネタバレが入ると伏せ字になるあの感じ。主人公がその事実に辿り着くまで公開されないやつ」


「…………」


「睨むなって。分かった。ヒントだけ言うから」


 オホンとわざとらしく咳払いをすると、サボローは何故か右手で銃を作り、それをコメカミの辺りに当てて――。


「ペルソナッ!!」


 ガラスが割れたみたいなSEが入りそうな掛け声と共にサボローは右手で作った銃を撃ち抜いた。


「……何でいきなりペルソナなんだよ」


 俺がそう言うとサボローはポリポリとバツが悪そうに頬を掻いた。


「これ凄いヒントなんだけどな……それともアビスの方が好きか? 同じガラス玉の内側、的な」


「カルマかよ……って、あれ?」


 同じ、ガラス玉の内側?


 いや、まさか。そんな筈は。

 頭の中で何度も聞いたゲームのオープニングを反芻する。


 ペルソナの意味、そしてサボローが口にした歌詞のワンフレーズが脳内で混ざり合い、奇妙なマーブル模様を描き始める。

 それはやがて一つの結論へと結実し、残酷な真実を照らし出した。


「嘘だろ……まさか、そんな」


「……ヒントを出し過ぎたっぽいな。そろそろ日も暮れるし、帰ろうか」


 そう言うサボローの顔は夕焼けで赤く染まっていて、今どんな表情をしているのかは分からなかった。


 けれど、きっと今サボローは困ったように微笑んでいるのだろう。そう分かる。


 だって、サボローの本当の名前は――。

そろそろ核心行っていいと思うんよ。


【ペルソナ】仮面、人格、架空の人物像

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