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New world【3】

 俺は先ずゆったりと息を吐いた。

 戦いに於いて、平静を欠いたら負ける事を俺は良く知っている。

 例えばテテ戦前半のオルク――。


『……忘れろ。後生だから忘れてくれ、頼む』


 ……。

 兎に角、平静を欠いたら負けるのは確かだ。

 眼前の青年を見据える。身体には余分な力が入っておらずゆったりとしているように見えるが、無策で近付いたら即座に切り伏せるであろう事が想像に難く無い。


 だが、そんな事は俺には全く関係ない。


「先攻は……貰ったッ!!」


 元より俺にできる事は限られているのだから。

 俺自身は戦闘に於いて攻撃するのが得意な訳でも、特別タフガイな訳でも、ましてな器用な訳でも無い。ただ人よりも足が速いだけが取り柄の男だ。

 だから俺は誰よりも速く走り、手にした棒で確実に殴る事だけを考えれば良い。

 ただ、それだけだ。

 間合いやら何やらを難しく考える必要すら無い。

 どの程度信用して良いものなのかは分からないが俺の今の敏捷はレベルが上がったおかげで初期の凡そ二倍にまで上昇している。

 だから、敏捷を最大限に活かす動きをすればそれだけで良い。


「っしゃぁッ!!」


「!!」


 俺は凩の耳元まで一気に距離を詰めると声の限り叫んだ。


 猫騙し。

 相撲の戦法の一つだ。本来は両手で叩くアクションが要るのだが、今回は大声で代用した。だから正確には猫騙しとは呼べないかもしれないがそれはそれ。


 不意に鼓膜を揺さぶる大声はコンマ数秒でもその注意を引き付ける事が出来る。

 その上でこの至近距離から一撃を叩き込めば俺の勝ち!!

 正に外道ッ!!


「よっ……ほいっ!!」


「マジかよっ」


 しかし、凩は猫騙しを食らったばかりのはずなのに横なぎをいとも簡単に避けて見せた。


「今度はこっちからや……ッ!!」


 意趣返しの様に凩も横なぎを放った。

 その一撃は俺の一撃とは比べ物にならない程速く、重い。木刀同士がぶつかり合っているだけの筈が、まるで鋼を受け止めているかのような気さえする。


「キッツいな……」


 だが、受け止めきれない事も無い。

 それにここまで重い攻撃が来たと言う事はそれだけ重心を前に出していると言う事に他ならない。

 ならば一旦退いて重心を崩してから再度仕掛けるのが最良……。


「でも……敢えて乗る!!」


『……ほう、中々良い判断だ』


 退くのが最良なのは間違いない。

 なのにも関わらず俺が退かなかった理由は二つ。

 一つ目は、俺が退くタイミングに合わせて突進なんかされたら寧ろ俺の方の体制が崩れる事。と言うか、凩もそれは承知だろうし十中八九そうなる。


「力比べだと負けるのを分かってて乗るんか」


「当たり前だ……っとぉ!!」


 そしてもう二つ目は――。


「前に出ない男に勝利の女神は微笑まないってなぁ!!」


 男のロマンって奴だ。

 ここで退いたら、それは少しカッコ悪い。やっぱり男ならカッコつけてなんぼだと俺は思うのだ。


「良く言ったわ!! ほいたら少しだけ上げていくで!!」


「!? マジでかっ!!」


 一発、二発、三発と回数を重ねる度に段々と打ち込みが速く、重くなって来る。


「ってぇ!!」


 受け止めようとすれば肘がビリビリと痺れる。これ以上防げば確実に腕がいかれるだろう。


「これで終いかの?」


 凩は挑発的な視線と共に木刀を振るい続ける。その姿勢には手加減はあれど容赦は微塵も無い。


「言ってろ……ッ!!」


 いや、この密着した状況はある意味で良い働きをするかも知れない。

 次の一撃。

 次の一撃で勝負に出る!!


「どうやら覚悟を決めたらしいの。……なら、敬意を持ってほんの一発だけちょこっとだけ本気、見せたるわ」


 そう言うと凩は俺から距離を取った。

 次に木刀を振りかぶったタイミングでスライディングを決めて、木刀を回避しながら強引に体勢を崩す事を考えていた俺としてはかなり不味い展開だ。


「か、加減はしてくれよな」


 閉じた空間の筈なのに、突如として風が吹き始めた。いや、吹いているのではない。凩を中心にして吹き荒んでいる、と言うのが正しいか。


「よく見とけや……これがワリャの、ハザミで二番目に強い男の奥義の一つや」


『……面白い。こいつはアレをやるつもりなのか』


「あれって……」


『いつだったか言っただろう? 熟練した戦士の斬撃は――』


「今から繰り出すのは世にも奇妙な飛ぶ斬撃や。よう目に焼き付けときっ!!」


 ああ、そうだ。斬撃は飛ぶんだった。


「飛ぶ斬撃、か」


 飛ぶ斬撃、それを俺はゴブリンの王との戦いで既に一度見ている。

 初見だったらまず避けられないだろう。けれど俺はそもそも初見では無い。


「――『浦風』」


 凩が木刀を振るう姿がやけにゆっくりと感じられる。

 引き伸ばされた感覚の中、俺は――。


「へぶぅっ!!」


 なす術もなく吹き飛ばされていた。


『……あの自信はどこから来たのやら』


 呆れるオルクィンジェの声を聞きながら俺は意識を手放した。

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