New world【1】
お待たせいたしました!
新章ハザミ編開幕です!!
「ここは本当に和風な感じだねぇ」
ジャックは不意にそう呟いた。
遥か青い空、都市とは違って澄んだ空気。
古風な街並みを眺めながら大通りに足を踏み入れると仕事歌やら子供の戯曲が耳に飛び込んでくる。
ここはミロの東に位置する島国、ハザミ。
『デイブレイク』に追われる俺たちの逃亡先だ。
『これが島国と言うものか。……何と言うか、異国情緒に溢れているな』
そう物珍しそうに呟いたのは『魔王』ことオルクィンジェだった。
「……オルクィンジェがいた頃はそれどころじゃ無かったもんな」
かつてオルクィンジェが生きていた頃の世界は、それこそどこの世紀末だと言いたくなるような様相をしていたようなので今みたく観光に興じる事も無かったのだろう。
いや、オルクィンジェは海も初めて見たような感じだったし、そもそもその頃に島国やら海と言う概念が無かったのかもしれない。
にしても――。
「……何で皆んな帯刀してるんだ?」
和風なのは分かる。分かるのだけれど。だからって大人も子供も全員刀やら木刀やらを持っているのはいくらなんでもおかしいだろう?
日本文化を履き違えた外人が歴史物の映画を撮影したらこうなりそうな感じになるだろうか。妙な違和感がありまくりだ。
そんな事を考えていると。
「あ゛? 鞘当てとはご機嫌じゃねぇか? なぁ異邦人!!」
大男にぶつかり難癖を付けられてしまった。実に小説らしいベタな展開だ。
因みに鞘当てとは武士が道で行き違うときに、互いに刀の鞘に触れたのをとがめ、争うことを指す。
勿論、俺に刀は無いから完全な難癖だ。
仄かに顔が赤いし、どうやらほろ酔い気分でふっかけて来たのだろう。
酔っ払った大男を前にしてジャックは「おお!! 遂に異世界無双ムーブだねぇ!!」と何故か喜んでいるし、オルクィンジェは若干イライラしている。
「これは不味いのでは?」と直感が囁いた。
このまま酔っ払いに絡まれ続けたらオルクィンジェが出て来て必要以上にボコボコにしてしまうかもしれない。
いや、それ以前に俺がボコられる可能性も大いにある訳だ。どっちに転んでも地獄しかない。
現状を自力で解決しようにも俺が使えるのは火の魔法と水の魔法と加速のスキルのみ。和風な感じだし火の魔法を使って下手に燃え広がったりしたらえらい事になるだろう。
となると、加速して逃げるのが安パイか。
そう考えながらジャックにアイコンタクトで「逃げるぞ」と伝えようとすると――。
パチパチ……とメチャクチャ何かを期待する目でジャックが俺を見つめ返して来た。
どうやらカッコよく切り抜けろと言う事らしい。ここで逃げようものなら後々が怖そうだ。
ジャックを適度に満足させつつ、良い感じに大男の戦意を叩き折る方法……。
「あ、これ行けるな」
「何言ってんだ? ああ!?」
俺が使うのは火でも、加速でも無い。
水だ。
この技を命名するのであれば、そう。
「名状し難い極めて局所的な水球」
袴の紺色が局所的に濃紺色に変わる。
場所は勿論、下腹部周辺。……まぁ、詳しくは言うまい。それを指摘するのは恥以外の何者でも――。
「あ! あいつ失禁してらぁ! 大の大人がみっともねぇ!!」
「なっ!?」
それを見て子供が大声で叫んだ。
すると呆然としていた大男の顔がみるみる憤怒で赤く染まっていく。
不味い不味い不味いっ!!
ここで若干恥ずかしい思いをして貰って戦意を叩き折るつもりだったのに変に指摘されたせいでキレさせてしまった!! goddamn!!
「死ねぇえ!!」
そう叫びながら大男は刀を抜いた。
あぁ、本格的に不味い。加速で逃げて上手いことどうにかしないと――。
「ほい、そこまでや」
その時、誰かが俺と大男との間に入った。
赤みがかった髪に蒼玉の瞳。そしてラフに着崩した作務衣――。
「天下の往来で喧嘩は常やけんど、ここはワリャに免じて仕舞いにしちゃあくれんかの」
振り上げられていた筈の大男の刀は赤髪の青年によって弾き飛ばされて俺のすぐ近くに突き刺さった。
『……ほう。中々面白い事をする』
オルクインジェは赤髪の青年が何をしたのか分かっているようだったが、生憎俺には何も分からない。所謂ヤムチャ視点だ。
「お、俺の刀がいつの間に弾かれて!? いや、そもそもお前は……!?」
「ワリャは一凩って言うんやけんど。覚え、無いかの?」
「凩だって!? 『烈風』の凩がなんたってこんな所に居やがる!?」
「ワリャは日課の散歩中や。ほいで、天下の往来で失禁した大男がいるって聞いて物見遊山気分でのこのこやってきたってこっちゃ。あと二つ名で呼ぶの止めい」
一頻り大男に説明をすると赤髪の青年――凩はこちらに振り返った。
「怪我は無いかの?」
「ああ。お陰様で怪我は無いし、助かった」
俺がそう言うと凩は精悍な顔を和らげながらそうかそうか、と快活に微笑んだ。
微笑んでるのは良いんだけど……さっきから酔っ払いの大男の顔が段々と青褪めているのは何故なのだろうか。
「っと、忘れとった」
凩はゆっくりと先程弾き飛ばした刀に近付き、ひょいと酷く雑な動作で大男の所まで投げた。刃こぼれとかお構いなしだ。
「ほいっと、次やらかしたらワリャがそのなまくら鋳潰すから、覚悟しとき」
凩がそう言い放つと大男はそそくさと刀を抱えて何処かへ走り去って行った。
「さて、いきなりハザミのもんが迷惑掛けてすまんかったの。詫びと言っちゃなんやけどワリャが街を案内したるわ。これでも顔は広いし、ワリャと居れば喧嘩吹っかけられる事は無いやろうし」
……まぁ、確かにあれだけ強ければ喧嘩を吹っかける事はそうそう無いだろうな。
「ほいで……あんさんの名前は?」
「俺か? 俺は……清人。杉原清人だ」
「清人、杉原清人……よし覚えたわ。改めて、ワリャは一凩。このハザミで二番目に強い剣士や。宜しくの!!」




