Uban exploration【1】
イラスト描いてたら遅れちまった!
「うっ……ここは……」
月並みな表現だが……目を覚ますと見慣れない天井だった。
起き上がってカーテンを開けるとチューダー様式みたいな建築物達が朝日を浴びて煌めいている。
「……そうか俺。転生したんだっけ」
ズキリと頭が痛み、昨日の事を朧げに思い出す。
確かハールーンに散々追い回された挙句俺は赤い宝珠、『欠片』を取り込んだのだったか。そして俺の意識を乗っ取った『魔王』がエリオットを……。
「……っ」
瞼に焼き付いた赤い色を振り払うようにかぶりを振る。
朝から陰鬱な気分に浸るのは精神衛生上非常に良く無い。ネガティブは大敵なのだ。
今はもっと他の事を考えるべきだろう。例えば……昨日あれから何が起きて今に至るのか、とか。
「……俺、宿なんて取った覚え無いんだよな」
俺はやっていないのだし、必然的にジャックが手を回してくれたのは分かる。
けれど肝心のジャックの姿がどこにも見えない。
「先にどこかで飯を食べてるとか……無いか」
仕方ないと、部屋を出ようとした瞬間、つま先にごつごつとした硬いものが当たるような感覚がした。
よくよく見るとそれは色つやの良いオレンジ色の物体だった。
「やぁ、清人。Good morning」
「ヒッ……」
最初から何となく察してはいたが、いきなり声を掛けられると驚いてしまう。
なんせハロウィンの主役なだけあって不意に見るとちょっと不気味なのだ。……まあ、よくよく見ると愛嬌満載ではあるのだけれども。
半目を開く俺を全く意に介さない様子でジャックは。
「早速だけど観光しながら朝食にしよっか!」
そんな事を宣った。
♪ ♪ ♪
昨夜の埃っぽい空気から打って変わり今度は噴き出す蒸気が手荒く俺たちを歓迎した。
「ここがジョウキキカンの街、『テオ=テルミドーラン』だね」
先程窓から見たチューダー式のような家屋や、石造りの小屋が視界一杯に広がる。
宿屋から一歩踏み出すと、石畳がブーツを打ち鳴らしてコツコツと子気味良い音を立てた。
「綺麗な街並みだけど……至る所から蒸気が噴き出してるのが不思議な感じだな」
「魔素を使ったジョウキキカンがウリの街だからまぁ仕方ないよねぇ。あ、因みに地球の蒸気機関とここのジョウキキカンは全くの別物だよ」
「……ジョウキキカン。あぁ、あれか。大正櫻に浪漫の嵐!」
ジョウキと言ったら和洋折衷、ハイカラさん。
それにスチームパンクのSFだ。大正時代は本当に良い文明だと思う。
「多分理解としては合ってるんだろうけど何か致命的に間違えてる気がするなぁ!!?」
そうやんややんやと言い合っているうちに腹の虫が盛大に嘶いた。
「……それより先に朝飯だな。手ごろそうな屋台は……っと」
近くに屋台が無いものかと探すと――串焼きの屋台を発見した。
「いらっしゃい!」
店主は恰幅の良いおっさんだった。麻で出来た服を着て頭に捻じり鉢巻をした如何にも大将気質な感じがなんとも好ましい。こういう人の作る屋台飯は矢鱈旨いのだ。
日本に居たころの縁日屋台のタコ焼き、お好み焼き、唐揚げ、せんべい汁。ここら辺のラインナップをこういうタイプのおっさんが作ってると大抵美味しいのだ。
「何を買ってくれるんだ?」
ラインナップは……うん?
「読める?」
「ああ?どうしたんだいきなり」
字が、読めるのだ。
前世では縁のないような、蛇ののたくったような文字列なのに何となく意味が分かる。これも異世界特有のアレってヤツなのだろうか。
「ボアの串が一本銅貨ニ枚、シープの串が銅貨一枚……」
……だが、文字が読めてもどの程度のレートなのかが分からない。
取り敢えず無限収納から金を取り出そうとして……顔面に冷水を浴びせられたような衝撃が走った。
そこに入っていたのは、血糊で汚れた銅貨だったのだ。
「おい、黙ってどうしたんだ兄ちゃん。まさか財布を掏られたのか?」
俺は遅まきながら理解してしまった。
俺の持っている金は『魔王』がエリオットを殺して奪ったものだ。
確かにこの世界は弱肉強食だと言うのは昨日で嫌と言うほど分かった。だが、行ったことは強盗殺人、ないしそれに類するものには違いない。
人を殺して得た金で、飯を食べる。
それがこんなにも恐ろしいとは思いもしなかった。
「……」
「……はぁ、馬鹿だな」
おっさんはそう呆れたように呟いた。
その無言を肯定と取ったのか憐れむような視線を俺に向けている。
「おら、一本くれてやる。ああ、お代は出世払いで結構だ。それ食って辛気臭い面構えを吹っ飛ばしな」
「……ありがとうございます」
湯気を立ち昇らせる一本の串肉が手渡される。
俺はその厚意に甘えるしか無かった。
『なあ、人を騙して食べる飯って美味いか?』
煽るように、叱責するように言う『魔王』の声を聞いた気がした。
……これはきっと自責の念が生み出した幻聴に違いない。
俺は野生動物が死肉を貪るかのように串に刺さった肉を食い千切った。
「……んぐっ」
人を騙して食べた肉は、どこか胸につかえるようであまり美味しくなかった。
「んんっ?清人何食べてるのかなあ…?」
にゅうっと何時の間にかフェードインしたジャックがジト目で串肉と俺を交互に見た。
「美味しそうだね。取り敢えず一口貰って良いかな?」
そう言うが早いか串をさっと奪い取ると食べかけ以外の肉を殆どかすめ取っていった。
返事もしていないのに酷い対応である。
「うぅん!Delicious!! やっぱりお肉って美味しいね!!」
ジャックはもっちゃもっちゃと肉を幸せそうに咀嚼するとゴクリと豪快に飲み込んだ。
「良いかい清人。ご飯は辛そうに食べたら駄目なんだよ。作り手と犠牲になった命に感謝しながら食べなきゃねぇ。きっと、そっちの方がずっと美味しい筈さ」
残された食べかけの肉を口に含む。
さっきとは違って味が鮮明に感じられる。
「……ごちそうさまでした」
そういうと何だか少しだけ腑に落ちた気分になってくる。
「さてと、腹ごしらえを終えたところで相談なんだけど……」
「この世界で一番死亡率が高い職業に興味無いかな?」
ジャックはニッコリと微笑むのだが……どうにも俺にはそれが悪魔の笑みに見えた。




