A disaster summer experience【4】
唯の闇落ちは止まらない……加速する!!
11月23日挿絵追加しました!!
出会いから三年が経ち、二人は六年生、最高学年となっていた。
季節は梅雨に差し掛かり毎日の様に雨が降り続いていた。
灰色の空模様はいっそ鉄粉を降らせるのではと思うほどに重く、暗い影を落としている。
「……ごめん唯」
「良いわよ。いつもの事だし、いい加減慣れたわ」
呆れたようにそう言うと唯は清人に教科書を渡した。
清人は六年生に上がってから時折教科書を無くすようになったのだ。
そして唯以外に教科書を借りられる相手がいない清人は教科書が無くなる度に唯に教科書を借りるようになっていた。
勿論、無くなる原因はあるのだが清人はその事を知る由もない。
「……クラスも違うのに。……本当にごめん」
「馬鹿、清人はいつもみたいに笑ってれば良いの。今度暗い顔したらビンタだから」
「ごめん……ありがとう!」
唯から教科書を受け取ると清人は心底助かったと言う様子で廊下を歩いていった。
「……私って、本当馬鹿」
一方、唯は見送りながらそんな事を呟いていた。
……そう、唯が清人の教科書を盗んだ犯人なのだ。
唯は朝に清人のランドセルから教科書を盗み、帰宅前に清人のロッカーに戻していた。
唯が何故こんな行動に出たのか。
それは偏に清人に必要とされる為である。
家庭環境に恵まれない唯にとって清人は憎くはあるが、救いそのものだった。
それを失えば自分が自分で無くなってしまうかのような錯覚に陥ってもいた。自覚こそ無いが高嶋唯は杉原清人にどっぷりと依存しているのである。
だから、逆に清人を自分無しにはいられなくしようと……清人を自分の犬にしようとこんな事を始めたのだ。
狙い通り清人は物質的に唯に依存し始め、そこに唯は暗い悦びを見出していた。
「ねぇ、高嶋さん」
清人と別れたばかりの唯にの元に一人の少女がやって来た。
その人物は清人のクラスの委員長だった。
ぱっつんで眼鏡をかけていて地味な見た目をした、いかにも勉強が得意そうな少女だ。
唯とは絶対に交わる事の無いような類の人種から話しかけられて唯は暫くキョトンとした。
「高嶋さん……前清人君のランドセルから教科書を取ってたよね?」
だが、この一言で唯は瞬時に目の前の人物を敵と認定する。
「知らないわ」
唯はノータイムでシラを切った。
「嘘よ、だって……他クラスでうちのクラスに来るの高嶋さんしか居ないし……今朝、見ちゃったもん」
「高嶋さんが清人君の教科書を盗むところ」
クラス委員長は眼鏡の奥の瞳を三角に尖らせながら唯を咎めるようにそう口にした。
「……人違いよ」
唯は清人の行動パターンを唯は知り尽くしていた。だから教科書を盗む事が出来ていたのだが、他の人間の行動パターンなど、まるで考えてはいなかったのだ。
「……『人違い』? いいえ! 清人君は忘れたとしか言ってない!! 盗まれたと言ってないのに、人違いって言葉が第一声なのはそれは『盗み』と知っている人じゃないとおかしいでしょ!?」
興奮しているのか廊下で大声を出す少女に唯は舌打ちする。
もしここでこの会話を清人が聞いていたらきっと清人は離れてしまう。それだけは何としても避けなければならなかった。
言い分は滅茶苦茶ではあるが、このまま騒がれては厄介極まりない。
しかし、唯に都合の良い策など無い。
ならばネチネチと遅延して有耶無耶にしてやろうとやや怠そうに唯は口を開いた。
のらりくらりと躱せば気勢も幾分か落ち着くだろう。
「……やけに清人を気にかけるのね」
「それは……」
すると、委員長が頬を赤らめて、あからさまに動揺した。
あぁ、この少女はきっと恋をしているのだろうと唯は察した。
だから、悪魔のような笑みで毒を垂らすように続ける。
「私のお古がそんなに好きなの?」
「えっ!?」
唯の想定通り、委員長が酷く狼狽えるのを見て唯は少し気分が良くなった。
「私と清人はもう行くところまで行ったの。……どう言う意味かは、分かるでしょ」
「……っひぃ」
少女の目に涙が浮かぶ。
それを見て唯はこれまでに感じた事の無いような恍惚感……愉悦を感じた。
「二度と清人に近付かないで」
閉じた二人だけの世界に、他人など要らない。
少女が涙ながらに女子トイレに駆け込むのを眺めながら唯は歪んだ笑みを浮かべていた。
「馬鹿みたい」
唯はそう呟くと何事も無かったように日常に紛れ込んだ。
雨は強まり、地面を激しく打ち付ける中、不幸の種は唯によって蒔かれていた。
♪ ♪ ♪
学校の帰り道は二人だけの世界だった。
その筈なのに。
「なぁん♪」
清人が黒い子猫を抱えていた。
どうやら捨て猫を拾って来たらしい。
「なんか僕って昔から動物に好かれやすいんだよね」
黒猫は清人の腕に抱かれて心底機嫌良さそうに目を細めている。
一瞬、この猫をくびり殺してやろうかと思ったが猫にまで嫉妬したらおしまいだと自制する。
代わりに撫でようとすると。
「に゛っ!!」
聡明な黒猫は威嚇した。
まるで、唯と言う危険を清人から遠ざけようとするかのように。
「唯……顔怖いぞ?」
「っ!?」
件の、歪んだ笑みだった。
敵を前にした時の、仄暗い笑み。
そんな表情を黒猫に向け……清人に見られた。
それを指摘されたのは唯にとっては致命的だった。
取り繕う事も出来ないまま、衝動的にゴミと無気力な母親の居る家へと駆け出していた。
「……ただいま」
だが、唯の不幸はこれで終わらない。
「帰ってきたのか」
家には父親がいた。
ただ、相変わらず部屋からは酒の匂いがするし、久々の父親の匂いのする部屋は付けている香水のせいか妙に甘ったるくて目眩がした。
「ふぅん」
値踏みするように不躾に父親は唯の身体を眺めた。
「じゃあ、またしばらく出張だから」
それだけ言い残すと父親は家から出て行った。
唯は嫌な予感がして自分の部屋に入ると、例の甘ったるい匂いがした。
片付けておいたはずの部屋はティッシュとコンドームが散乱して酷い有様だった。
その中心に。
「あの男……許さない……!! 許さない!!」
目を血走らせながらうわ言のようにそう呟く全裸の母親が伏せっていた。




