A disaster summer experience【3】
本日二度目の投稿です。
今回は結構加筆しました!!
「ねえ唯!今度一緒に僕の家で遊ぼうよ!」
「……どうしたの、いきなり」
蝉の鳴き声が聞こえる通学路で何の脈絡も無く清人はそう言った。
「あのさ、あのさ、母さんとお父さんに唯の事言ったらさ、めちゃくちゃ褒めててさ! 若いのにしっかりしてるって! 今度家で一緒に遊んだらってさ!」
清人は終始テンションが高かった。
一方で唯は酔っ払った母親がいる家に帰らずに済むな、なんて事を考えていた。
「……行くわ」
それに……唯には清人が欠けてはならなかった。清人は犬でもあるが今はそれだけではない。
清人は命綱だった。手放せば、孤独の大海に放り出されてしまう。
そうなれば自分はきっと溺れて苦しむ。
助からないと分かっていながら踠くのはどれだけ辛いのか。そんな事を考えるだけで体が芯から震えた。
「清人……」
「何?」
「私の事、好き?」
だから楔を打ち込むことにした。
小学校はもう高学年、性の知識について漠然と分かり始めて、大人ぶって背伸びをする年頃で、周りに夫婦とからかわれる日々を送っていた。
だから安易に情に訴えた。
「うん、好きだよ」
何でもないような表情で清人は言った。
唯はやっと安心したが……続く言葉に背筋を凍らせずにはいられなかった。
「唯はずっと一人で頑張ってる。そんな所に憧れてるんだ」
清人が示したのは恋慕ではなく……憧憬だった。
唯は失念していたのだ。清人がどうしようもなく善良で、純粋な少年である事を。
「……そう」
唯の落胆に清人は気付かない。
いや、気付けない。
「嬉しいわ」
その純粋さ故に、唯が表面上浮かべている笑みに騙されてしまったのだ。
そして唯は微笑みながら自嘲する。
いつから自分も、汚い大人の真似事をするようになってしまったのかと。
唯は空を見上げる。
積乱雲が漂う空は太陽を覆い隠して陰っていた。
♪ ♪ ♪
「あらいらっしゃい。あなたが唯ちゃん?」
「はい……高嶋唯です」
清人の家は綺麗な一軒家だった。手入れの行き届いた二階建ての白い家。スイートホームという言葉が似合うような、そんな家だ。
家に上がると直ぐに清人の母親が暖かく出迎えてくれた。
普段から構われず、相手にされず、ずっとひとりぼっちな唯には嬉しい筈が……不思議と胸がムカムカとした。
何処にムカムカとしているのかは分からない。けれど、確かに苛立ちにも似た感情を抱いていた。
「クッキー焼いてみたの。唯ちゃんもどうかしら」
清人の母親にクッキングシートに載せられたクッキーを勧められた。
クッキーからは仄かにバニラの香りが漂っていてとても美味しそうに見える。
唯はクッキーに手を伸ばすと一口齧った。
「ッ!!」
一口齧って感じたのは……喉を焼くような甘さ。
どうしようもないくらいひりついて、甘味が脳にこびりつくみたいな、そんな甘さだ。
「お口に合うかしら?」
「は、はい」
笑顔で尋ねる清人の母親が何処か不気味に思えて、居心地が悪くなった。
「……すみません、トイレは何処ですか?」
「トイレならあそこだよ。あ、クッキーの心配はしないで。残しておくから」
清人の声を耳にしながらトイレに入ると、先程食べたクッキーが喉元までせり上がって来た。
苦しくてそのまま便器に胃の内容物を全て吐き出す。
甘いのだ。
甘くて、甘くて、ただただ甘い。いや、実際はきっと美味しいのだろう。
だが、唯には胸焼けを起こすくらい甘いように感じられた。
「うっ……何で……何で……」
そして唯は一つの結論を出した。
この甘さが、きっと愛なんだろう、と。
愛を受けられない唯にとってそれは嫉妬と憎悪を生み出す原因物質に他ならない。だから体が拒絶反応を起こして、吐いたのだ。
白い家、広くて綺麗な部屋、甘いお菓子。
そして……無尽蔵であるかのように注がれている愛。
その全てが唯を苛む様な気がして、怖くなった。
「私は……ゴミ溜まりの家に住んで、お酒と、無気力なお母さんと、お父さんに囲まれて……」
幸福な訳が無い。
幸福が、愛が、喉から手が出る程欲しい。
それを……。
それを無自覚に享受する清人が、憎い。
その純粋さが、鈍感さが、傲慢さが、身勝手さが、憎くて堪らない。
「嫌……。こんなの、絶対」
清人は憎い、けれど離してはならない。
人はそれを……依存と言う。
唯は憎悪が消える事を願って祈り続ける。しかし、憎悪が消える事は決して無い。
そう、杉原清人が幸福である限り、絶対に。
唯はトイレから戻ると他所行きの笑みを浮かべながら過ごした。
その心は苦々しいもので満ち満ちていた。
唯はいつの間にか取り置きされていたクッキーを無雑作に口に放り込むとゆっくりと咀嚼した。
胸の中の苦い気持ちを噛み潰すかのように、ゆっくりと、丁寧に。
そして「どう? 美味しい?」と尋ねる清人の母親に一言。
「幸せの味がします」と。
そう言ったのだった。




