A disaster summer experience【2】
吹き出る汗を拭いながら少年少女は炎天下の道を歩いていた。
「お、重いよ……唯」
「……私も重いんだから我慢しなさい」
唯にとって少年……杉原清人の立ち位置が犬であると確定してから暫く経ち、唯は清人をおつかいに付き合わせていた。
所謂荷物持ちである。
「にしても唯は偉いよね。一人でおつかいに行ったり、図書館で勉強してたり。本当に凄いよ」
唯は清人の言に言い様のない気持ち悪さを感じていた。
清人はそう言ったが事実は違うのだ。
一人でおつかいに行くのは葬儀以来すっかり無気力になってしまった母親の代わりにやらざるを得なくなったから。図書館で勉強するのは単純に友達がいないから。
本来何一つ褒められるような事では無いのだ。
唯は清人に気付かれないように唇を噛み締める。
そんな寂しい事実があるのに清人が鈍感にもそう褒めるのが憎らしかったのだ。
だが、そう言う少年の顔はやや陰っていた。
「……僕には、出来ないや」
ややあって唯は清人もまた友人がいない事を思い出した。
そう、杉原清人には友達がいない。
理由は三つある。
一つは清人自身が他の関係を壊すまいとして積極的に人と関わろうとしない臆病な優しさを持っている事。
一つは清人の性格。……アホで空気が読めない事。
一つは唯の存在。
引っ越してから男子のグループに入らないようにしたのも臆病な優しさ故。
男子同士で下ネタで楽しむ中、平然と『汚い事は言わない方が良い』と言い放ってしまい教室を凍らせたのもアホさ故。
そして……無愛想な唯と付き合ううちに女子からも、男子からも引かれていった。
なんやかんや言って、二人は同士なのだ。
「そんな事、無いわよ」
だから、気が付いたらそんな事を口にしていた。
「……清人は荷物を持てる。それで良いじゃない」
「あっ、そうかも!」
清人はアホで、単純で、鈍感で。
けれど、決して悪い少年では無かった。
そんな清人を唯は……。
「やっぱり清人って犬っぽいわね」
「僕って犬っぽい!?」
ワタワタと忙しなく動く清人を眺めながら唯は微苦笑を浮かべた。
あぁ、こんな日がいつまでも続けばと。そう願いながら。
♪ ♪ ♪
「お母さん、ただいま」
帰宅すれど母親の返事は無い。
エアコンの掛かっていない散らかった部屋を歩くと……母親が床に転がっていた。
その部屋は酒の匂いに溢れている。どうやらまた飲んでいたらしい。
「またお酒……」
この頃、母親はずっとこうだった。
思い出したかのように朝ごはんを作り……それからずっとお酒を飲む。
お風呂を洗うのも、食器を洗うのも、弁当を買うのも、全部唯が一手に担っていた。
頬は落ち窪み、痩せた母親を見ながら唯は侮蔑の表情を最早隠そうともしない。
生きる屍のような母親を他所に唯は一人弁当を食べる。
「……ご馳走さま」
母親の呻き声の聞こえる食卓で、唯は一人孤独に耐えていた。
そして改めて感じるのは……寂寥。
あの底抜けに明るくて、煩くて、アホな少年の存在がとても大きく思える。
「……清人」
何故、来てくれないのだろうか。
飼い主がこんなにも辛く寂しいのに。
何故、隣に居てくれないのか。
唯は自室に篭るとタオルケットに包まりながら震えていた。
これも全て清人が原因だった。
清人が付いてくるから一人が寂しくなった。
清人が笑ってくれるから、他人を求めたくなった。
「……何で、明日にならないの」
明日になれば、清人に会える。
また笑って隣にいてくれるし、沢山喋れる。
「もうこんなの嫌……。助けてよ清人……」
唯は布団の中で嗚咽を漏らす。
少年が来ない事を知りながら、唯はそれでも現実に背を向けるべく踠き続ける。




