A disaster summer experience【1】
「……ようやく、ようやく逢える」
マロンペーストの髪を揺らしながら彼女はそう呟く。
文字通りならば恋人との再会に焦がれる乙女のように聞こえるだろう。しかし、その声色は決して明るいものでは無かった。
そこにあるのはヘドロを煮詰めたような純粋な悪意。冷たく、低い声はまるで地獄の淵から蘇った復讐の亡霊のような感覚すら抱かせる。
彼女の名前は高嶋唯。
六年前、杉原清人の目の前で自殺した少女だ。
「これで……私はやっと夏を終われる」
彼女はそう呟くと静かに瞳を伏せた。
♪ ♪ ♪
――十一年前。
唯が小学三年生の頃の出来事だ。
高嶋唯はその日、白昼の公園で空を見上げていた。
燦々と照り付ける太陽の側に入道雲を認めてはその白さに眩しそうに目を細めた。
今は夏休みの最中で小学校は暫く休み。だと言うのに両親は唯を放って何やら忙しくしていた。父親は仕事が上手く行かず、母親は身内に不幸があったと聞いてはいる。
だから高嶋唯は誰に構われもせず、一人で公園でぼうっと立ち尽くすしか無かったのだ。
「……あ、あのっ!」
そこに一人の少年がやって来た。
最初は他の誰かに声を掛けているのかと思っていたのだが、どうやら自分に用があるらしい。
「……何?」
「何を見てるの?」
少年はいきなりそう尋ねた。
唯は無視しようと思ったのだが、思い留まる。
少年が見覚えの無い顔だったからだ。
ここはやや田舎気味で、小学校の数も少ない。違う学区からこの公園に来るには時間が相当掛かるだろう。
少なくともクラスの男子では無いだろうし話す分には何も不都合は無いと判断してゆっくりと息を吐く。
「空。だって綺麗じゃない」
「空? ……あっ! 大きい雲だ! 確かにこれは綺麗だね!!」
少年はクリクリと目を輝かせながら同じように空を見上げながら言った。
大きな声で、やけに耳に響くけれど不思議と悪い気分では無かった。
それはきっと少年が無邪気に笑っていたからだろう。
小学生にしては大人びてしまった唯には既に出来ない芸当だったのだ。
それが少し羨ましくもあり、同時に陽光に煌めく入道雲のように輝いて見えた。
「あ、そういえば名前言ってなかった! 僕は杉原清人。宜しくね!」
「……高嶋唯。宜しく」
これが高嶋唯と杉原清人の出会いだった。
そして……悲劇の幕開けの瞬間もまたその時だった。
♪ ♪ ♪
杉原清人は最近こちらに引っ越して来たばかりで、唯とは家も近かった。
そのせいで夏休み明けに同じ通学団で毎日顔を合わせることとなった。
唯としては親に構ってもらえないから公園でぼうっとしていたところを話しかけられた為、顔を合わせ難くて堪らない。
クラスの男子では無いと思って色々と話をしたのが実は大失敗だったと訳だ。
だが、唯が素っ気なく、ぞんざいに扱っても杉原清人は笑って隣を歩いてみせた。
あの日見せた純粋な笑みで。
目を輝かせながら、外ハネのある髪をそのままにしていつも唯に笑顔を向ける杉原清人を唯は鬱陶しく思っていた。
だが、動物もののテレビに出る『飼い主にベタベタする犬』のようにも見えて愛着を感じる事も無いでは無かった。
「唯!」
「……何?」
「一緒に遊ぼう!!」
そう誘う能天気な少年に感化されたのか唯の顔には少年と同じ純粋な笑みが浮かんでいた。




