Continue【2】
臨海都市ミオ=ヒュルツの空は雲一つ無い晴れ模様だった。
時折吹いてくる風は臨海部らしく潮の匂いがする。
「うぅん! 晴れ渡る空! 青い海! 実に良い感じだねぇ!!」
ジャックは青空を背にピョンピョンと飛び跳ねていてとても楽しそうだ。
ただその顔は目と口以外全て包帯でグルグル巻きになっているような有り様で見ていて少し痛々しい。……まぁ、ハロウィンテイスト同士、似合ってはいるが。
ほら、ミイラとかそんな感じだし。
「そんなにはしゃいで大丈夫なのか?」
「平気平気、僕はイデア界の住人だからね。舐めてもらっちゃ困るかな」
そうか、と少し気の抜けた返答をしながら俺は昨日起きた出来事を思い返していた。
昨日は初の魔獣討伐に加え、『デイブレイク』幹部テテの襲撃。そしてニャルラトホテプ――黒幕との邂逅。
一日のうちにヘビーなイベントがこれでもかと盛り込まれていて胃もたれを起こしそうだ。と言うか、まだ昨日の疲れが抜け切っていない。
その中でも一番キツかったのはやはり……唯の事だった。
六年前に俺の目の前で交通事故に遭って死んだ俺の幼馴染。それがこの世界で生きていると言うのだから動揺せずにはいられない。
「…………唯」
「ねぇ清人」
――『ねぇ清人、私の事……好き?』
「ッ!? な、何だ?」
ジャックに名前を呼ばれた。ただそれだけなのに唯の最期の台詞が脳裏に浮かんで陰鬱な気分になる。
そんな中ジャックは唐突に。
「……今日は一日オフにしよっか!」
そんな事を言った。
♪ ♪ ♪
OVAと言うものがある。オリジナルビデオアニメーションの略だ。
で、俺のイメージだと大抵そういう時は――。
「やっほー!! 海だよ!!」
水着回なのだが、悲しいかな仲間は男しかいない上にジャックはカボチャだし、オルクインジェに至っては肉体が無い為、実質水着は俺だけだ。本当に華の無い水着回である。
と言うかこの世界に水着が既にあるのが驚きだった。
まぁ、どうせ前世の知識を使った生産チートでお金を稼がせないようにする為に思い付きそうな物は一通り揃えてあるのだろう。矢鱈とゲームバランスを保ちたがる奴の事だからきっとそうに違いない。
俺が暫く思考の海に埋没しているとジィッとした嫌な感じの視線を感じた。そしてその先にいたのは……ジャックだった。
「にしても……清人って結構あるんだね」
「やめろ! そんな事を俺に言っちゃいけない!!」
それは着痩せする系ヒロインにのみ許される台詞だ。断じて俺に向けて言うものでは無い。
俺が急いで羽織っているパステルカラーのパーカーの前を閉めて腹直筋への視線を遮るとジャックはニマニマとセクハラ親父みたいな笑みを浮かべた。
「な、何だよ。言っておくけど俺はそっち系じゃないからな」
『ふむ、これが海か』
何故か俺が必死に弁明しているといきなりオルクィンジェが割り込んで来た。状況がとんでも無く混沌としてきて収拾がつかなくなりそうだと頭を抱えた。
「勘弁してくれよ……」
その上タチが悪いのはオルクィンジェの声は俺にしか聞こえない、と言う事だ。
ジャックはいつのまにかオルクィンジェを認知していたが、それでもこう言うカオスな場面に出くわすとめちゃくちゃ反応に困るのだ。
「あ、あとさ、その水着型霊衣の着心地はどうかな」
「おっと、そっちに話が飛んだか」
そう、今俺が着ている水着だが……驚くべき事に霊衣なのだ。
と言うのも店で購入した水着をステータス欄の『Equip』で装備を変更したらその水着が霊衣と同様の性質を持つ事が分かったのだ。
相変わらずステータスが変動することは無いが、無限収納の位置が変わったりするので戦闘時にも悪用しがいがありそうだ。
「まぁ、良いんじゃないか?」
「それは良かった……ねッ!!」
「なっ、目が!! 目がァァッ!!」
我ながら実につまらない返答をしたものだと頭を掻いていたらいきなり顔面に向かって海水が放たれて、眼球がラピュタの雷を受けたかのように痺れた。
「やっぱり海なら水掛けしないとね!」
「待てよジャック!? そっち今包帯だろうが!? そっちの包帯濡れるし反撃出来ないだろコレ!!」
「それそれ!!」
……何だか、こういう明るいノリは久しぶりな気がする。
――『ゲーセン行こうぜ!!』
――『よし、取り敢えずオールでトランプ極めてみねえ!?』
ずっと二人で遊んだ騒がしくて、楽しい泡沫のような日々。
俺の一番の宝物。
今はそんな輝きに満ちていた日々にも似ていてーー。
「あれ、清人泣いてる?」
「違うって、海水が沁みただけだ」
少し、胸が熱くなった。
あれ、ずっと二人……?
と言う事は……?




