Game master【1】
ようやっと出せたよ……。顔だけだけど。
あと今回で50話達成かぁ……前よりも話数増えてますね。
「……ニャルラトホテプ」
「えぇ、いつもニタニタ貴方の近くに這い寄る混沌です♪」
ニャルラトホテプを名乗る人物の表情は陰になっていて分からない。けれど、その表情は愉悦に彩られているのだと直感的に理解出来た。
「……久しぶりだな。会いたくなかったよ忌々しい邪神め」
「おやおや、オルクィンジェですか。貴方も壮健そうで何よりです♪」
ニャルラトホテプがそう言うとオルクィンジェは眉根を寄せて不快感を露わにした。
「ふん、俺を六つに切り分けた張本人が何を言うのやら」
オルクィンジェを……六つに切り分けた?
『オルクィンジェ、これは一体どう言う事なんだ?』
「……俺はニャルラトホテプによってアザトースの棲まうこの世界に落とされた。そして……他ならぬそいつと仲間ごっこをさせられていた訳だ。そしてアザトースを倒した瞬間裏切られ、六つに切り分けられた。俺にとっては最低な思い出だ」
確か『日の出の勇者』ではユーリィを含む三人の仲間が共謀してオルクィンジェを殺害していた筈だ。
となると、ニャルラトホテプは三人の内の一人と言う事になるだろうか。
『って事は三人の中の誰かしらって事か?』
だが、オルクィンジェは首を横に振った。
「違う。誰かがコイツなんじゃない。全員がコイツだった訳だ」
「その辺りは私が説明を致しましょう。何せ実行犯ですし、ネタバラシには最適かと♪」
何処までも嘲る態度を崩さない邪神に苛立ちにも似た思いが込み上げる。
だが、それ以上に怖いと。眼前の狂人がただただ恐ろしいと思ってしまうのだ。
「とは言え、私の口から言える事なんてたかが知れてますけど。先ず――あぁ、そう。オルクィンジェを裏切ったのは私です。正確には私の複数の分身体、と言えば良いでしょうか。私は何せ無貌の神ですから例えば――」
ニャルラトホテプは自分の顔に手を添えると、顔に掛かっていたか陰が消え、いつのまにかその顔はテテのものに変わっていた。
「これで驚いてもらっては困ります。まだまだ変わりますからね♪」
そう言うと次々とニャルラトホテプの顔が切り替わる。
その様はまるで悪魔――怪物といった方が正しいか。人とは決して相容れないモノ俺にはそのように見えた。
「他にもこんな顔、とか♪」
先程と同じようにニャルラトホテプは顔に手を添える。そして、その手が退けられた瞬間、俺は余りにも衝撃的な光景を目にして言葉を失った。
それはよく見知った少女の顔だった。
勝ち気なツリ目、ほっそりとした輪郭。
マロンペーストのような色素の薄い髪色。
かつてはどれもこれも、毎日毎日毎日飽きる事なく見続けて来た顔。
俺はその少女の最期を知っている。
その少女の最期の言葉を覚えている。
忘れない、忘れもしない、忘れられない。
どれだけ忘れようとしても呪詛のように俺の脳裏に焼き付いて離れないその顔は――。
『……ゆ、い』
六年前、交通事故で死んだ幼馴染み、高嶋唯のものだった。
『嘘だ、何で……その顔を……っ!!』
身体の支配権はオルクィンジェにあるはずなのに、油汗が止まらない。
心臓がドッドッと不規則な律動を刻み、足がどうしようもなく震える。
だがそれは恐怖によるものでは無い。
それは――怒り。
そして、俺はオルクィンジェから肉体の支配権を奪い、駆け出していた。
『清人、お前何をするつもりだ!!』
「お前……お前ェェッ!!」
「おやおや、どうやら逆鱗に触れてしまったようですね」
オルクィンジェの制止を振り切り、幼馴染みの皮を被った怪物に向かって拳を振りかぶる。
ニャルラトホテプは身じろぎひとつしなかった。
その代わりに。
「ねぇ清人、私のこと……好き?」
「ぁ……」
そう口にしたのだ。六年前の事故の時と、寸分違わない口調で。
それを耳にした瞬間、体が動かなくなった。あとほんの数センチ動かせば奴を殴れる。だが、その数センチはいつまで経っても詰められず、腕が小刻みに震える。
「どうしたんです? 私を殴るのでは無かったのですか?」
『早く戻れ!! 馬鹿!!』
俺はオルクィンジェと入れ替わるとさっさと背後に飛び退いた。
「殴りたいのは俺も同じだ。だが、今は堪えろ。……口にするのは癪だが、今の俺ではいや、完全な俺でも十中八九負ける。そう言う手合いだ。今は見逃されているが、その気になればいつでも俺たちを全滅させられるだけの力がこいつにはある。下手に刺激するな」
『……悪い、感情的になった』
……今一番殴りたいオルクィンジェが我慢しているのに煽られただけで俺が先走るのは筋が通らない。
冷静になれ。クールになるんだ。
「先程まで諭される立場だったのがいきなり逆転しましたね。これは興味深い♪」
「……それよりも何の要件だ。まさか、お前が直々に俺たちを殺しに来た訳じゃないだろう?」
オルクィンジェがそう尋ねると、ニャルラトホテプはそうですねぇと態とらしく顎をしゃくった。その顔は既に幼馴染のものでは無く壮年の男性のものに変わっていた。
「私は倒れた仲間を回収しに来たついでに貴方達を煽るだけ煽って愉しもうとした、と言ったら信じますかね♪」
「……」
「おやぁ、私を随分と信じてくれているようで嬉しいですよ。まぁ実際、大部分正解ではあるんですけどね」
「――今回、私はゲームマスターとしてこの世界について少しお話ししようと思って来たんですよ♪」
いやぁ、ミスリードって難しいですね。本当に。




