A lullaby dedicated to the devil【2】
清人にバブみを感じる……あれ?
真っ暗な部屋に俺はいた。
それは小さな小さな子供部屋。おもちゃが辺りに散乱していて、足の踏み場も無い。どうやらいつもの『魔王』との面会部屋とは違うようだ。
……となると俺は本格的に死んでしまったのだろうか。
「……何か毎度無様だよな、俺」
先程の出来事を思い返しながら自嘲する。
いきなり歌い出して、逆上されて、呆気なく片腕を捥がれた。本当に情けない限りだ。
でも、俺には他の方法を知らないし、他に方法があっても……きっとこうしただろう。
「結局俺は犬死に。一矢報いる事なく、ジャックを残して退散、か」
ああ、考え得る限り最低な終わり方だ。
「あー、畜生。やっぱ俺……駄目だったかぁ……」
この世界でも、ジャックを、『魔王』を……大切な仲間こそを助けられない。
守った結果死ぬのは良い。
守れないまま死ぬのは、絶対に許せない。
ジワリと涙で視界が霞む。
「あー呆気なかったなぁ……いやさ、これはワンチャンあっただろ。惜しかったなぁ……」
策はあった。実行すればラノベとか、漫画で幾度となく見てきた窮地からの大逆転ってやつを実現出来た。
……でも、現実は非情でそう思い通りにはならなかった。
「……勝ち筋はあった。なのに死ぬとか……本当に笑えねぇ。……笑えないんだよ!!」
震えた声は絶叫に変わっていた。
……悔しかった。
明確な勝ち筋は見えていた。その筈なのに、俺は失敗したのだ。
寧ろ悔しくない訳が無かった。
「『魔王』、お前勝ちたかったんだろう……? 俺となら勝てたんだぞ……?」
仄暗い子供部屋に俺の問い掛けが虚しく木霊する。
「なぁ、返事してくれよ。……頼むからさ」
そう言いながらその場に膝をついたその瞬間。ギィと、背後のドアがゆっくりと開いた。
僅かな隙間から覗くのは虚ろな灰色の瞳、病的に白い肌、そして――くすんだ灰色の髪の毛の子供。
「君は――」
「……オルクィンジェ。おれは『セラフィム』、オルクィンジェだ」
俺の胸元ほどの背丈の子供はそう名乗りながらおもちゃを押し退けるとちょこんと俺の隣で胡座をかいた。
「ないているのか?」
「……ああ、ちょっと自分の非力さを感じてブルー気味だな」
「そうか。ならおれといっしょだ」
オルクィンジェはそう言うと子供部屋のカーテンの奥に視線を移した。
俺もそちらを見てみるとカーテンの一部が不自然に膨らんでいるのが分かった。
俺はその光景に既視感を覚えていた。
……昔の自分だ。
布団に包まって目を閉じ、耳を塞ぎ、現実から目を逸らそうと必死だった。そんな時期の自分と重なって見えた。
「おれはないてる。けっきょく、かちたいんだよ。かてないから、すねて、へそまげて、こうなってるだけだ。……おれはずっとこどものままなんだ」
オルクィンジェはゆっくりと目を伏せると立ち上がった。
「きよと、おれはかちたい。だからおねがいだ。――おれを、カーテンのかげでガクガクふるえてるおれを、もういちどせんじょうにひきずりだせ」
そう言うとオルクィンジェは段々と背景の暗色に溶けて消えてしまった。
霊衣の袖口でゴシゴシと乱暴に目元を拭うと俺も立ち上がる。
「……そのギアス、確かに受け取った」
願いは聞き届けた。……ならばここからは俺の領分だ。
俺がカーテンの方へと歩み寄ると「来るな」と、そういつもよりも震え気味なソプラノが響いた。
それは明確な拒絶の意思。
「オルクィンジェ……」
ああ、その気持ちは痛い程理解出来る。
現実から目を背けるには徹底的に自分以外の要素を取り除かなければならない。
他人は否応なく現実を想起させるからだ。だから遠ざけようとする。……だから手を伸ばされても振り払うしかない。
となると、無理矢理引っ張り出すのでは無く、出て来てもらわないといけない。
俺は大きく息を吸い込むと口を開いた。
「……ゆりかごのうたを、かなりやがうたうよ」
いつも夜中に歌っていたフレーズをなぞる。
子供をあやすように優しく、優しく、慈しみの心を込めて。歌は下手かもしれないけれど、言葉の一つ一つを大切に発声する。
「……めろ」
「ねんねこ、ねんねこ、ねんねこよ」
眠れない夜にずっと歌っていた子守唄だ。歌詞は間違えない。
「ゆりかごの上にびわの実がゆれるよ」
「……止めろ」
「ねんねこ、ねんねこ、ねんねこよ」
「その耳障りな歌を止めろッ!!」
カーテンの陰からオルクィンジェが飛び出し、そのまま俺の首を小さな手で締め上げた。
「がっ……オルクィンジェ。良かった……元気になったか」
「……お前はどれだけ俺を侮辱すれば気が済む!! お前の肉体が脆弱なせいで負けた!! その上、子守唄だと? 俺を……『魔王』を子供扱いするのか!! 馬鹿にするな!!」
オルクィンジェの目は、泣き腫らして赤くなっていた。それは内心の悔しさを如実に伝えていて、胸が締め付けられた。
「ぐっ……あっ」
ああ、息が苦しい。小さな手でも込められている力は万力のようで、あと少し首に力を入れられたら折れてしまいそうだ。
「ふざけるな!! お前が、お前がッ!!」
鉛のように思い腕を何とか動かしてオルクィンジェの頭へ手を乗せた。
「落ち着け、よ。……安心しろ、今度は、俺が、居る……俺が一緒に戦って、やっから、さ」
そう言いながらオルクィンジェの頭をゆっくりと撫でた。
手に収まった頭はやっぱり少し小さかった。
「ッ!?」
この小さな体でオルクィンジェはずっと頑張っていたのだ。
体をバラバラに引き裂かれる恥辱に耐え、一人で孤独に戦ってきたのだ。
「今まで、よく頑張った、な」
だから、今度はオルクィンジェの誇りを取り戻す為に俺も戦おう。
徐々に首元に込められた力が抜けていくのが分かった。
「何だ、何なんだよお前。お前……ッ」
「……俺は杉原清人。お前と共に戦う男だ」




