In the laughter of a clown【6】
「認めて下さい。貴方の負けです」
「くそっ……」
――俺はテテによって地面に押さえられていた。
頬に当たる地面の感触は湿っぽく、歯を食いしばればジャリジャリと嫌な音がする。
……こんな所では終われないのに。
だが、現状を覆す手が無い訳では無かった。
俺は未だに頭に被っているものを意識する。紅葉色のローブを巻きつけてターバンに偽装したジャックだ。
本来はここぞという場面でジャックの蔓でテテを拘束して一気にカタをつけるつもりだった。
だから、最初に一度だけ見せてはいるが二度もそれを使う訳にはいかなかった。
だが、こうなってはもう後々の事を言ってはいられない。
「ジャックゥゥゥ!!」
無数の蔓がターバンから伸びた。
『姫騎士』に触手なら触手が必ず勝つのがお決まりって奴だ。
「その攻撃はもう見ました」
「グゥ!?」
頭を踏み躙られながら呻く。
蔓は炎によって既に焼かれており事態は何一つ好転しなかった。いや、寧ろ悪化したとも言える。
「確かに私の『大罪系統』スキル『傲慢』は当人にしか効果が無く、武器や魔法の込められた道具の能力は模倣出来ません……がァ!!」
頭を踏み付ける力が一層強まって口の中に土と鉄臭い味が広がった。どうやら口の端が切れたらしい。
「その程度の穴を私が知らないとでも思ったんですかァ? 一回目からずっと警戒してましたよこの……」
グリグリと固い靴底を押し付けて笑うその姿は騎士でも、姫でもなく、どちらかといえば嬢王様と言うのが相応しい様な気がした。
全く笑えない。
「一撃食らったのは予想外でしたが、これで貴方はお終いです何か最後に――」
ふと、額を締め付けていたものが外れた感覚があった。
次いでテテが仰け反っている隙に俺は転がってテテから逃れる。
何が起きたのかとテテの方を見ると――テテの鼻からはツーと血が垂れていた。
「……よくも、よくもよくもよくもッ!!」
テテの忌々し気な視線はジャックに向けられていた。
「ぼ、僕だって……僕だっているかな!!」
さっきの一撃はジャックの頭突きだったのだ。
「ジャック……!!」
「成る程。ただの勘違いだった訳です。良いでしょう私は敬意を持って貴方達をブチ殺します。……来なさい『傲慢』ッ!!」
再度ジャックから無数の蔓が伸びるが――テテからは一切何も出ない。
「っ!? まさか、貴方ァ!!」
「僕の蔓は能力じゃなくて自前のものだから君には絶対に真似出来ないよッ!!」
『傲慢』の能力、模倣。それは飽くまで能力を、スキルを模倣しているに過ぎず人間に存在しない器官の模倣は出来ない……!!
そしてジャックは案内人としての能力こそあれ、戦闘に役立ちそうなスキルを持っていない。
故に、模倣は出来ず同じ戦法を取る事が不可能。テテにとっては最悪な相手な訳だ。――俺がこの場に居なければ。
湧いたのは一瞬だった。
「逃げろ!! ジャック!!」
俺は声を張り上げた。ああ、確かにジャック一人であれば勝てるかもしれない。けれど、ここには第一魔素の適性を持つ俺がいるのだ。
そして最悪な想像は現実のものとなる。
炎が、ジャックを包み込んだ。
「ジャック!!」
煤けたカボチャ頭が足元に転がってくる。
やられた。……俺を参照して模倣したのだ。そうすれば当然、火が使える。
「うぅ、慣れない事はするものじゃないねぇ……」
「ジャック、しっかりしろ!! おい!!」
「大丈夫だよ。僕は神様だからこの程度じゃ死なないよとは言え――」
ジャックはテテへと視線を移した。
「僕が勝手に出ちゃったせいで状況が悪くなっちゃったから……ゴメンねぇ」
「……お涙頂戴の臭い三文芝居はそろそろ終わりにしませんか?」
俺自身には勝ち目がなく、ジャックは動かせず、『魔王』は心を閉ざしたまま。
策はあるが、肝心の『魔王』がこうでは全く機能しない。
「生憎、俺は努力、友情、勝利が大好きなんだ」
いや、もう勝てない要因を数えるのは止めにしよう。
「そっちこそ、化けの皮が剥がれ始めてるんじゃないか……なぁ、三下ッ!!」
たった一つしかない生存への道筋。それは――。
『魔王』を、デレさせる。




