Fragment of the devil【1】
俺は異世界に到着した。
と、言っても場面がカットされたみたいに視界が一瞬で切り替わっただけで、何ならヘカテに最新鋭のVRゲーム機を取り付けられて現在の所在地が仮想現実だと言われれば信じてしまいそうな感じ、と言えば分かりやすいだろうか。
「ここが異世界……」
目の前に広がるのは薄汚い街並みだった。
日本では嗅ぎ慣れない埃っぽくて糞便と若干の死臭の混じった異世界の空気に思わず顔を顰める。
「どうやら貧民区に来ちゃったみたいだねぇ……」
そう口にしたのはジャックオランタンのジャックだった。
「まさかこれがデフォルトとかは無い……よな?」
そう言うとジャックはまさかと頻りに首を横に振った。
「今回は運悪く都市の闇に触れちゃっただけだねぇ。どこもかしこもこうな訳無いから安心して良いと思うよ」
「あともう一つ聞きたいんだけど……この格好って」
視線を僅かに落とすと胸元には見慣れない真っ赤なリボンが見えた。
生前に着ていたベージュのコートもシャツブラウスと濃紺のベストに変わっていて、腰にはガンベルト風の小物入れもついている。おまけに靴はミリタリーブーツだ。……正直コスプレしているような感じで酷く落ち着かない気分になる。
生前は適当なジーンズを履いて、あったかいシャツの上にトレンチコートを着ただけのコーディネートのコの字も無い着こなしをしていただけあって羞恥心で爆ぜそうになる。
「あぁ、それは『霊衣』って言ってね。『イデア』からのちょっとした贈り物なんだ。気温調節機能とか自動クリーニング機能がデフォルトで付いてる上、なんと無限収納付き!! 冒険が捗りそうだよねぇ。……ただ無限収納には入れ口より大きいものは入らないからその点だけは注意かな」
「それは凄いと思うけどデザインがなぁ……」
ぶうたれてみるが実際他に服は無いし、高性能だと言われてしまえば着ない訳にもいかない。……それにちょっと格好良いとは思わないでもなかった。
「ところで、俺は一体何をすればいいんだ? 『欠片』を集めるって言っても一朝一夕に集められるものじゃないんだろ?」
「そうだねぇ。『欠片』が云々と言うよりは一先ずは都市の中心部に行くべきかな。そこでギルドに加入して生活の基盤を作ろうって感じだねぇ。ここから南側に進めば路地裏から抜けれるみたいだし、こんなところとはさっさとおさらばするよ」
ジャックが骨の指を指し示した先は全く舗装されていない道だった。
半ば田舎のようなところに住んでいたがここを進むのは少々キツそうだ。
けれど、早めにここを立ち去れるなら舗装されていなくても別に良いかと、踵を返しかけたその時だった。
「そこな御仁。少々待ってくれませんかね?」
いきなり声をかけられて振り返ると汚い路地裏には似つかわしくない小綺麗な身なりの男が立っていた。年齢は三十代位だろうか。杖を突き、シルクハットを被った風体はどこか貴族然としている。
「私はエリオット。御仁を一流の魔素士と見受けしてお願いがあるのです」
「魔素士?」
ジャックにこっそりと「魔素士って何だよ」と問うと、器用に南瓜の…顎?をエリオットの方に向けた。
どうやらチュートリアル宜しく解説してくれるようだ。流石の異世界クオリティである。
「おや、ご存知ないとは。では不肖私がご説明させて頂きます。魔素士とは空気中に存在する魔素という力の根源を行使し、超常の力を顕現する素養を持つ人々を指す言葉です」
「要するに魔法使い、みたいな感じか……」
やはりこの世界は魔法があるらしい。
となると後の問題は俺が何の魔法を使えるかだが――。
「魔素は火、水、風、土、闇、光の六つに分けられます。そして貴方はどうやら火の発現に関連する『第一魔素』の素養に富む様でしたのでお声がけしたのでしたが、よもや自覚しておられなかったとは」
「『第一魔素』……火の発現か」
火を出せるのは単純故に中々の汎用性があって能力としては強い部類に入るだろうか。粉塵爆発、バックドラフト、火災旋風。冷却する手段さえあれば熱衝撃も出来るかも知れない。火の適性と言うのは文句無しの当たりと言えるのではないだろうか。
「ご理解頂けたでしょうか」
「ああ、バッチリだ」
「さて、ここで一つお願いがあるのですが――」
「私を都市の中央部まで護衛して頂けませんか?」