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Handout【Spring of revival】

2014年4月7日


「おーい清人ー聞こえてるかー?」


 聞き慣れた声がする。

 薄眼を開けると案の定視線の先にはそいつがいて少しだけげんなりした気分になる。


「……聞こえてる。ってか今何時だと思ってるんだよ五時半だぞ!? 今度は何仕出かすつもりだ!」


 緩慢な動作で身体を起こすと半目でそいつを睨み付ける。

 時刻は先程言ったように五時半。辺りはまだ暗いし早起きしても三文の得も無さそうだ。

 二度寝を決め込もうとするもそいつは……サボローは情け容赦なく「朝だぞ!」と叫んで俺が夢の世界に戻るのを全力で邪魔してくる。

 渋々まだ眠い目を開けるとサボローはニッと悪ガキみたいな笑みを浮かべていた。

 そんなサボローの様子に俺はまたか、と大げさに溜息を吐いた。


「録画したアニメか焼いてもらったDVD見ないか? ほら、レッツ団子大家族。春だし丁度良いだろ?」


 ……正直、サボローの行動理念は今でも分からない。朝っぱらから唐突にゲームをやろうと言ってみたり、肌色強めのラノベを勧めてみたり、果てには寒い冬の早朝に乾布摩擦をやってみようと言った日もあった。あの時は風を引いたし散々だった。そしてそういう提案をするとき、大抵サボローは今のような悪ガキのような笑みを浮かべているのだ。もう勘弁願いたいところである。


「……あと一時間」


「寝かせないからな!?」


 ただ……嫌々付き合う内にそれが楽しくなって来たのも事実だった。

 それは俺が知らない世界を知れたからという所が大きいのだろう。


 俺には友人がいない。

 遊びに誘われないし、オタクっぽい人とも話が合わない。

 そんな半端者の俺を問答無用で連れ出してくれたのは間違いなくコイツなのもまた事実で――。


「チッ」


「何で今舌打ちしたんだよ!?」


 感謝はしている。

 けれど、なんかコイツに助けられてる事実に無性に腹が立って舌打ちした。

 布団を軽く畳んでからリビングに降りる。何だかそれだけでサボローはウキウキしていてこいつの脳内はお花畑か何かなのだろうか、何てことを考えてしまう。

 テレビを点けて慣れた動作でDVDを挿入する。


「まぁ、見ないことも無いけどさ」


 素直じゃないなぁ、なんて言う声を無視してリモコンを操作する。

 素直じゃないのは分かっている。けれど、それを直に指摘されるのはちょっとだけウザい。


「清人も明るくなったよな……これなら俺も安心だ」


 テレビの画面を見つめながらサボローはそう言った。

 その声はいつになく寂しげで……それでいて安堵を覚えているみたいな、妙な感じがした。


「何だよ、らしくないな」


 サボローはずっとガキみたいな笑い方をして、バカみたいな事を提案して、アホ面を晒していればそれで良いのだ。

 なのに――あんなに憂いを帯びた顔をするなんて、少しズルいと思う。


「清人ももう少しで高校生、中学の奴らとも縁が切れる。そうすればきっと今より楽しくなるって。俺が……」


「『保証してやんよ』、か?」


 それはサボローの口癖だった。

 サボローは何かにつけて俺の世話を焼きたがって、その度に気取って『〜してやるよ』を『〜してやんよ』と言う癖がある。

 随分と耳にしたものだからすっかり慣れ切ってしまった。


 俺に先んじて言われてきまり悪くなったからかサボローはまたテレビに視線を向けた。


「……」


「……」


 テレビの音声だけが流れる。

 だけどお互いに無言なのが少しおかしな感じがした。

 無機質な空気が辺りに漂っているみたいな、そんな感じ。


「……なぁ清人」


 そんな沈黙を破って口を開いたのはやはりサボローだった。


「何だよ」


 ただ、先に続く言葉は思いもしないものだった。


「……世界の誰もがお前を否定しようが俺はお前を決して否定しない。ずっとお前の味方だ」


「何だよ……藪から棒に」


 アニメの感想とか、茶々とか、そんなでは無い。何処か悲痛さを滲ませた告白。

 それは何処か別れの言葉にも思えて背筋がぞっとした。


 もし、サボローがいなくなったら。

 俺はとても寂しくなるのだと漸く分かった。

 今まで邪険に扱ったがそれでも飽くまで照れ隠しで別段嫌いな訳では無い。


「何で……だろうな。自分でもちょっと分からない」


 そしてサボローは風邪でも引いたか、と繕ったようにおどけて見せた。


「ただ、さ。俺は心の底からそう思ってる。清人が何しようが俺は絶対に見捨ててやらないから」


「……どうしてそこまで」

 

朝っぱらからクサい話をしている……とは思わなかった。そこには確かな実感がこもっていると思ったからだ。

 だからこそ解せなくて、気づいたらそう呟いていた。

 するとサボローはニヤリと不敵に笑って。


「決まってんだろ。……俺は護りたいんだよ。今は訳分からないだろうけど、いつか清人にも分かる日が来ると思うぞ?」


「そんな日が……」


 俺にも来るのだろうかと、そう言いかけた瞬間。

 不意に、ズキリとこめかみの辺りが痛んだ。


――『清人は私の事……好き?』


 夏の暑い晩に死んだ一人の少女の顔が脳裏に浮かぶ。

 彼女が死ぬ少し前、彼女と約束を交わしたのだ。


 ――『清人がどれだけ馬鹿で、アホで、鈍感でも。これからは私がずっと守るから。……私に守らせて』


 ――『俺も、■を守る。……後出しみたいでカッコ悪いけど、俺もずっと好きだった』


 両方、叶わなかったのだけれど。


「きっと大丈夫。……きっと大丈夫だ」



 芽吹きの春。穏やかな春。

 そんな春に不穏の種も芽吹き始める。

A tragic summer experienceの五話『その日々は制汗剤の匂いがした』と関係しています。

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