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一章完結っす!!
その少年には志を同じくする仲間がいた。
この世界を支配する悪逆非道なる邪神の首魁を討伐する為に集結した神を畏れぬ所業を成す者達だ。
人はそんな彼らを『魔王軍』と呼ぶ。
ならばその魔王軍の頂点に立ち、常に最前線で戦い続ける灰色の少年は――『魔王』と言う言葉が一番似合うだろう。
「オルクインジェ」
灰色の少年の名前を鉈使いの青年が呼ぶ。
その少年は長い灰色の髪を揺らしながら振り向くとややダウナー気味に口を開いた。
「ユーリィか、どうした?」
「明日が決戦の日だ。ずっと待ちわびて居た決戦……必ず、必ずアザトースを倒そう」
無論だ、と『魔王』オルクインジェは短く返す。
しかし短い言葉の裏にはかの暴虐なる邪神、アザトースを倒し、この世界に新しい秩序を齎すのだという熱い情念が込められていた。
しかしその願いは叶わない。
これは決戦前夜、最悪の裏切りまであと数時間を切っている。
「……全ては主命の通りに」
その決意も、覚悟も、全てが無意味となる事を『魔王』オルクインジェは知るよしもなかった。
♪ ♪ ♪
俺はまた黒い空間にいた。
今回も『魔王』がそこにはいたのだが――『欠片』を取り込んだ影響か今度は腕が二本に増えている。
『全く、無茶な事をする』
だが、今はそんな事よりも気になる事があった。
「『魔王』、お前の身に何が起こったんだ?」
さっき見た夢の中で『魔王』はオルクインジェと呼ばれていて、どういう訳か『日の出の勇者』ユーリィと思われる青年が魔王軍に所属していた。
これは一体どういう事なのか。
『……俺の過去よりお前の身体の事を優先しろ。俺が『欠片』を取り戻したのとあの娘の処置が無ければ死んでいたぞ』
死んでいた、と言われても俺は元よりそのつもりで行ったのだ。
確かに命は大切だ。だが、誰かを見捨てて永らえる命など、そんなものは要らない。
助ける事を放棄してまで生きたくは、無い。
「……」
無言の返答に『魔王』は一抹の寂しさを感じさせるような声色で。
『宿主、お前の過去を見るに捨て身になるのも分かるが……他人の気持ちをもっとよく考えろ』
そう言った。
それに対して俺は。
「……すまない」
謝罪の言葉を口にする事しか出来なかった。
♪ ♪ ♪
その森には穏やかな風が吹いていた。苔むした土の匂いと、僅かに残る冷気が鼻腔をくすぐる。
心なしか甘やかな香りもしてきて体が段々と弛緩していく。
「……んっ……うぅ」
ゆっくりと薄眼を開けてみると薄桃の豊かな髪が視界に広がった。
「清人、目が覚めた?」
視線を僅かにズラすとアトラの赤い瞳がが俺をじっと見つめていた。それもかなり近い距離で。
「アトラ……一体どうして――」
こうなっているんだ?と、そう尋ねようとしたのをアトラが制した。
ほっそりとした人差し指を自分の唇の前にそっと添えたのだ。
たったそれだけの所作なのだが――どうにも色っぽく見える。
「アラクニド。それが私の本当の名前。アニって呼んで欲しい」
戦闘中にも言っていたし、その前からも薄々察してはいたのだが、彼女こそギルド指定の危険人物アラクニドその人だった。
「清人は全部抱えるって言った。……それは私が殺人鬼でも、それでも抱える?」
「ああ、俺はそのつもりだ」
ノータイムで返答をする。
すると、アニは眉根を寄せた。
「……分からない」
「清人はどうして他人にそこまで奉仕する……自分を蔑ろに出来る?」
アトラ――いやア二の目は痛ましいものを見るような目をしていた。
俺は自分を蔑ろにしている訳では無い。ただ、『誰かを助ける』事に比重が偏りすぎているだけなのだ。
つまりは。
「……俺にはそれしか出来ないから。人を助ける高尚な理由なんて何も無い。自分が死ぬ事より誰かを助けられない方がずっと辛いから、だから意地を張ってそうしてるだけだ」
つまり、そう言う事でしか無いのだ。
「……やっぱり、分からない」
そう言うとア二は立ち上がった。
「けど、分からないから知りたい」
風がアニの髪を搔き上げる。
鬱蒼とした森の中に舞う薄桃の髪はまるで凛と咲く大輪の花のようで自然と目が惹きつけられた。
何だか頬が熱くなって視線を逸らしたくなるのたが、どういう訳か視線が彼女から離せないのだ。
「……別に、そんな大層なものじゃないって」
ばつが悪くなって拗ねたようにそう言うとアニは薄く微笑んだ。
「でも、清人が助けてくれた事に変わりはない。私はそれがきっと……嬉しい、んだと思う」
それに――とアニは続けた。
「何で知りたくなったのかは自分でもよく分からないし、この感情が何なのか……上手く言葉に出来ない。けど、それでも私は清人を見たいと思ったから。だから」
「だからもしも……次に会えたら、沢山色んな話をしたい。どんな事を考えてるのか、今までどんな事があったのか、辛い事も、悲しい事も、楽しい事も、沢山話したい」
「そうだな、その時は……」
突然視界にノイズが広がる。
それは、撥ねられた少女の肢体であり、力なく倒れる黒猫の姿であり……夏の日に消えた少年の後ろ姿でもあった。
胸に疼くような痛みを感じてほんの少しだけ顔を顰める。
「話せると、良いな」
その時が来たら、たくさんの物を失った熱い夏の日の事を俺は語るのだろうか。
「それじゃあ、また」
木立の中へと消えるアニを見送ると俺は大の字になって空を仰いだ。
生い茂る木々で空は良く見えないが、きっと森を出れば良く晴れている事だろう。
「……あいつは今の俺を見てどう思うんだろうな」
笑うだろうか。馬鹿らしいと言うだろうか。それとも……意外にも良くやったと絶賛するかもしれない。
地球の遠い過去の記憶に想いを馳せながら、俺は大きく溜め息をついた。
公開されたハンドアウト
・夏の日に消えた少年
・クロのその後
現在清人の過去で登場した人物は三名と一匹。
清人、サボロー、■■■、クロ。
清人→■■■の自殺が原因で一度廃人になりかけるもサボローによって回復の兆しが見える。
→しかし、少年は夏の日に消える。
一話目に登場した黒猫→力なく倒れる。
■■■→一話目で自殺する。




