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Arachnid【5】

正直、情報出し過ぎた感じが否めませんけれども。

あと一話で一章完結です!!お付き合い下さいまし!!

 俺は、いや俺達は緩慢な動作で動き始めた。


「行こう……『魔王』!」


『ああ、宿主の仰せの通りに、ってな』


 俺の成すべき事は二つ。

 一つ目はアトラの意識を表に出す事。

 二つ目はアトラに直接触れる事。


「うっ……ぐゥゥゥ」


 苦しそうに呻くアトラの周辺は霜が降りていてひんやりとしている。

 きっとこれが青い宝珠の力。俺の取り込んだ赤い宝珠とは正反対の物体を氷結させる能力。


「助けて……誰か……」


 絶叫と咆哮の合間に少女は悲痛に訴えかける。


「この命に代えても、絶対に助ける」


 頬を撫でる冷気はやがて吹雪へと変わり――果てにはいくつもの氷の刃となって俺を目掛けて飛翔する。

 だが、この身体は今こうやって歩いているのがやっとで到底避けられそうもない。

 太腿に、頬に、腕に、肩に、赤い線が刻まれて行く。

 ただ、白い猛威の中で一撃たりとも致命傷になりそうな刃は俺の元まで来なかった。


「僕だって……ここで傍観してるだけなんかじゃあ……ない、よッ!!」


 白く眩む視界の僅か先、ジャックが身を呈して俺を守っていた。

 氷の刃で頭の繊維を削られながら、それでも俺を死なせまいと身体を張って守ってくれている。


「清人、きっとあの子を助けられるchanceは今しか無い。今しか無いんだよっ!!」


「――ありがとう、ジャック」


 駆け抜けるだけの気力は最早残ってはいない。けれど、前へと着実に歩を進めていく。


「ア、トラ……聞こえるか!」


「嫌……嫌ぁ……」


「アトラ!!」



♪ ♪ ♪



 暗い海を漂っているみたいだった。

 凍て付くような冷たさだけがあって身体の自由が段々と蝕まれていくのを自覚する。


「助けて……」


 同じ言葉をどれだけ繰り返しただろうか。喉は枯れ果てていて息苦しさだけが募っていく。


 アラクニドは自身が殺してしまった師匠が最期に言った『とくべつ』の意味が分からなくて、ずっと惰性で旅を続けて来た。

 だが、ここに来て漸く気付いたのだ。

 ……気付いてしまったのだ。

 どれだけアラクニドが『とくべつ』を望もうとも、それは決して手に入らないのだと。


 旅の過程で襲って来た人間を殺し続けたアラクニドの手はすっかり血に染まっていた。そんなアラクニドの『とくべつ』になるものなど、初めからありはしないのだ。


「……」


 いつしかアラクニドは声を出すのを辞めた。

 その虚ろな瞳には諦観の念が色濃く映っている。


『諦めたか。ならばこの身体、貰い受けるぞ』


 そう『魔王』が言ったその瞬間。


 ――……ラ!


 ――――アトラ!!


 それは自分が名乗った偽名だった。

 誰かがその名前を誰かが叫んでいるのだ。


「――誰?」


 枯れていた筈の喉からはいつの間にか疑問が溢れていた。

 必死で、息も絶え絶えになりながら叫ぶその声の主の名前をゆっくりと思い出す。


「……すぎはら、きよと」


 声の主の名前は――杉原清人。


 アラクニドの目に微かな光が灯る。


『邪魔が入ったか。だが……ふん、俺の欠片を持っているのか。殺して奪うのも一興か』


 だが、『魔王』は芽生えた僅かな希望も許さない。



 ♪ ♪ ♪



 それは霜の降りた森の中でもハッキリと熱を持っていた。


「……!!」


 俺の脇腹にに突き立てられたナイフ。それがジクジクと熟れたように熱を帯びていくのが分かった。


『くそッ……間に合わなかったか……』


 痛みと共に理解する。どうやら俺は遅すぎたらしい。

 明確な殺意が俺に向けられて、心が欠けそうになる。

 ……けれど、俺は止まってはいられない。


「動け……ッ!! 動けよ『魔王』ッ!!」


『無理だ退け!! ここで退いても誰もお前を責めない。このままだと死ぬのが――』


「死ぬのは良い。ただ、誰も助けらないまま死ぬ事。それが一番……駄目なんだよ!!」


 自己を顧みない、破綻した論理は偽善に過ぎない。

 けれど、どれだけ独り善がりだとしてもそれを俺は決して止めることが出来ないのを分かっている。

 それが、それこそが俺の生きる意味だから。


「アトラ……聞こえるか」


 血を垂らしながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 俺の拙い言葉がアトラに届きますようにと、そう願いながら。


「きっと苦しいんだよな。俺には分からないけど、辛いんだよな」


 低い唸り声を上げながらアトラはナイフを深く俺の中に埋めていく。その顔は悲痛に歪められていて、大粒の涙が流れている。


「俺が、全部抱えてやんよ。辛い事も、悲しい事も、全部俺が抱えてやる。だから、お前の背負ってる重荷、俺に寄越せよな」


 ――『俺が、全部抱えてやんよ。辛い事も、悲しい事も、全部俺が抱えてやる。だから、お前の背負ってる重荷、俺に寄越せよな』


 俺はこんな方法しか出来ない。

 きっと、もっと賢い方法もあるんだろう。


「大丈夫だって、安心しろ」


 気休めと幻想。そんな事しか口にできないこの身が今は呪わしい。


「俺が代わりに背負うからさ」



 ♪ ♪ ♪



 声が聞こえていた。

 痛ましい、自己犠牲の精神に満ちた声が。

 アラクニドは泣いていた。

 切望した都合の良い英雄はいたのだと。失意の自分を見てくれる存在の確かな温かさを感じたからだ。

 だが……その一方でどこか深い悲しみも感じていた。

 どうしたらここまで悲しい事を平然と言えるようになってしまうのかと。


「人殺しの手でも……握ってくれる、……のかな」


 きっと、彼も自分も根底は同じ『悲劇』なのだとそう直感が囁いていた。

 けれど、その先で大きく違う道を選んだのだろう。


 知りたい。

 もっと知りたい。

 分かりたい。

 理解したい。


 その気持ちが一体何なのかは分からない。けれど。


「……私は清人を見てみたい」


 アラクニドの中で既に解は出ていた。



 ♪ ♪ ♪



 打てる手は最初からあってないようなものだった。

 痛みで意識が薄れていく。


 ああ、案外自分に出来る事を全部やり切った後はこんなにも気分が良いのか。


 こんなに満たされた気分になったのは何時ぶりだろう。


『あちらの解は出たようだな。ならば俺もなすべき事を成そう。……今は眠れ、清人』


 『魔王』の言葉を最後に俺は、瞼を、静かに……。

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