Rebirth【2】
本日最後の投稿っす!
次回は明日の夜七時に!!
「どこだよ……ここ」
目を覚ますと俺は奇妙な空間にいた。
そこには人の代わりに…化け物が跳梁跋扈する魔境、というのが正しいだろうか。
本来この世にいてはならないような者達が蠢いていた。
「さっき…殺されたはずだよな。って事はここ……地獄、なのか?」
思い出すのは首筋を走る冷たい感触。今見ている光景が悪い夢だと信じたいが、未だに鮮明に残るあの感触はどう考えても実際に起こったとしか思えない。……やはり俺は死んでしまって地獄に落ちたのだろうか。
「いいえ、杉原清人。ここは『イデア』、人間の普遍的無意識で構成された異界です」
独り言に答えたのは酷く冷淡で無機質な、耳に覚えのある声だった。
額に青筋を立てながら振り返ると当然のように大鎌をもった例の影が立っていた。
「ようこそ、杉原清人。私、ヘカテは貴方の来訪を歓迎します」
そういうと影は恭しく首を垂れた。
いや、よく見てみると俺が影だと思っていたのは黒いローブだったらしい。頭を下げるとフードから艶のある白い髪が一房溢れた。
「か、歓迎は良いんだけど……この状況どうなってるんだ……ですか?」
「詳細は私の神殿で纏めて説明します。付いてきて下さい」
そう言うとヘカテは慣れた足取りで人外が蠢く大路地へと歩いて行く。
人外達に取って食われては堪らないと俺はヘカテの後を追った。
♪ ♪ ♪
「……普遍的無意識、か」
辺りを見渡しながら俺はそう呟いていた。
この世界……異界『イデア』は突っ込み所満載だった。
右手に西洋風の神殿が見えたと思ったら左手に神社が現れ、しばらくすると今度は祭壇の様な物が見えてくる。国籍も様式もお構いなしに混ぜた感じ、と言えば分かりやすいだろうか。つまるところカオスである。
ただ、共通している点は一つ分かった。それは、ここにある建造物は大抵が宗教施設であるという点だ。多分ここら辺が普遍的無意識の世界という所以なのだろう。
「その通りです。人々の潜在的な願望が形になっている異界、それが『イデア』です。まあ、貴方はざっくりと死後の世界と考えていれば良いかと」
「……やっぱり俺は死んだのか」
そう呟くと端的に「はい」とだけ返された。無感情でそう言われると苛立ちよりもどこか腑に落ちた気分になる。
「きっついな」
脳裏に両親の顔が浮かんだ。俺が不出来なばっかりに迷惑を掛けてしまい、挙句の果てに先立ってしまったのだ。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「着きました」
そう言ってヘカテが足を止めたのは神殿の前だった。
歴史の資料集で見たような様式…確かドーリア式だったか。装飾の少ないどっしりとした円柱が屋根を支えている様子はパルテノン神殿にも似ていた。……と言うか同じ様式だから似ていない訳が無いのだが。
さて、当然のように神殿に連れて来られてしまったが、神殿に踏み込んで良いものかと少し物怖じしてしまう。何しろ今までこんな場所に来た事が無いのだ。ビビってしまうのも仕方ないだろう。
「来ないのですか?」
振り返りながら仮面の様な無表情でヘカテは尋ねた。平坦なその声色は怒っているのか、単純に疑問に思っているのか今一判別がつかない。だがこっちは一度首を刎ねられているのだ。機嫌を損ねてまた首を撥ねられては堪らないと急いでヘカテの後ろに付いた。
「ここから貴方には転生して貰います」
「転生……」
ライトノベルとかで良く見た展開だと思った。所謂テンプレートってやつだ。聞き間違いかと思って反芻してみるが、間違いなくヘカテは転生と口にしていた。
「ええ、杉原清人。貴方は今から転生をするのです」
ヘカテはそう言いながら石で出来た重厚な扉の前で立ち止まった。
「……私たち『イデア』は現在、宇宙より来たる邪なるもの、邪神と戦っており、その首魁の打倒に成功しました。しかし、邪神の卑劣な罠により私達の誇る最強の切り札が六等分に破砕されてしまったのです」
「それを使って……俺に邪神の討伐を?」
「いえ、貴方はただ壊された『欠片』を集めて下さればそれ以上は何もしなくて構いません」
ヘカテが石の扉をなぞると砂ぼこりを巻き上げながら扉が開いた。
その先には……。
「やぁ!結構前からスタンバってたんだけど遅いから先に――」
一瞬だけ、ハロウィンの時期によく見かけるカボチャが煙草を咥えている姿が見えた気がした。
と言うのもヘカテが石の扉をまるで襖を勢いよく閉めるようにバシンと閉じたから良く見えなかったのだ。華奢な見た目によらずとんでもない怪力である。
「……杉原清人。貴方は今から転生をするのです」
「は、はあ……ところで今何で閉じたんですか?」
「? おかしなことを仰いますね。私は扉を閉じてはいません。きっと貴方の勘違いでしょう」
「……でも一瞬カボチャが煙草を」
「あはははは。おかしな事を仰いますね。貴方の異世界の旅路をより安全にする為の案内人がまさか煙草を咥えてだらけているなどと……」
「あの……僕の出番まだかなぁ?」
扉をすり抜けてにゅうっと現れたのは紅葉色のローブを身に纏ったカボチャのお化け――ジャックオランタンだった。確か、アイルランドに伝わる安住を求め彷徨う者にして悪霊を退ける案内人だっただろうか。
それが神殿で堂々と煙草を吸っている。一体何があってこうなったのかさっぱり分からない。
ただ一つ分かる事。それは……。
「ジャック、私の前で職務怠慢とは良い身分ですね」
ヘカテがとんでもなくお怒りだという事だ。
♪ ♪ ♪
「この怠慢カボチャ頭が異世界で貴方専属の案内人となるジャックオランタンのジャックです。精々こき使って下さい」
「改めまして、僕はジャック。これから君専属の案内人になるかな。これからよろしくねぇ」
ジャックオランタン……ジャックは間延びした口調でそう言った。
「ジャック、さっさと杉原清人にアレを」
ヘカテがそう言うとジャックは紅葉色のローブの中から赤い宝珠を取り出した。
「これが『欠片』。僕たちがこれから回収するものだよ」
ジャックの骨の手に握られている赤い宝珠は血の様な深い色合いをしていて同じ赤でもルビーとは全然違うように感じられる。
「……綺麗だ」
暫く赤い宝珠に目を奪われていると――。
「それでは、貴方達の旅によって地球が救われる事をここから願っています」
背後からそんな無慈悲な宣告が聞こえてきて、異変を感じ取ってももう遅く……俺は半ば強制的に転生させられたのだった。