Arachnid【3】
あと二、三話で一章終了じゃいっ!!
数多の打擲を受けて尚、俺が倒れる事はなかった。
「はぁ……はぁ……っ」
だが……それにもいずれ限界は来る。
唸るような大剣の一撃を俺はモロに食らって肘から先が切断され、そのまま遥か背後へと吹き飛ばされた。
「ぐッ……」
苦痛に顔を歪めていると、傷口を舐めるように炎が広がり、数度の瞬きのうちに傷一つない腕が生えて来た。
「清人!?」
「大丈夫だ、気にするな!!」
『災禍の隻腕』は決して万能の力ではない。いや、人間を生きる盾に変える力としては致命的に不味い点があるのだ。
それは……痛みが消えない事。
傷は治れども痛みは無くならない。傷口で無数の針虫が暴れまわるような感覚がして全身を掻き毟りたくなるような衝動に駆られる。
だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
何度でも攻撃を受け、注意を逸らし、勝ちを手にするまでは止まれる訳が無いのだ。
『……ッ!! しまった、清人止まれ!!』
「まだだ!! 俺はまだ……ッ!!」
そう意気込んで足に力を込めると――ガクリと糸が切れたみたいに急に力が抜けた。
『クソッ! 俺とした事が効果限界を忘れるなんて……!!』
それはいつも余裕綽々な態度を取る『魔王』には珍しく酷く苛立たしげな声色だった。
「どう言う……事だ」
『……文字通り『災禍の隻腕』には効果の限界があると言う事だ。本来なら一時間は持続する筈だったのだが、今の俺は六分割されていて効果も六分の一。つまり――『災禍の隻腕』は十分しか発動出来ない』
そしてその十分が先程過ぎたのだと、そう『魔王』は告げた。
頭の中が真っ白になった気分だった。
ならばともう一度『災禍の隻腕』を発動しようとしたが、発動する気配がない。
「なん、で……」
『……再詠唱禁止時間だ。この強大な力には制限が設けられている。それが再詠唱禁止時間だ。恐らく翌日以降にならなければ再度発動は出来ない。……完全に、俺の失態だ』
全身が鉛を付けたみたいに重くてどこもかしこも動きそうに無い。地面が底なし沼のようになって体がズブズブと下へ沈み込むような心地がした。
「清人! 大丈夫かなぁ!?」
ジャックが心配そうにこちらを覗き込んでいるのだが、生憎返事をする余裕も無い。
――ふと、視界に薄桃色の影が映った。
彼女は懸命に二本の短剣を操り、糸でゴブリンの王を縛り付け、時には斬りつけている。
彼女は今も必死に戦っていた。
「……男が先にへばったら格好付かないだろっ!!」
自嘲気味に笑みを浮かべながら足へと再び力を込めるもヨロヨロとふらついて間抜けにも尻餅を付いた。
「その身体じゃ、もう戦うなんて無理だよ……現に君は立ち上がれて無いじゃないか」
無理でも、一発逆転を信じてアトラはまだ戦っている。
小柄な体で巨大な体躯から繰り出す攻撃を一人で捌き続けているのだ。
「それでも、俺は……目の前で人が死ぬのはもう嫌なんだ」
視線を戦場へと移す。
ゴブリンの王はアトラの糸の攻略に専心を傾けていて、吹っ飛ばした俺の事などまるで見ていない。
つまり、見方を変えれば一発打ち込んでやればそれはそのままゴブリンの王の意識外の一撃となる訳だ。
そして……不意の一撃があの巨体に風穴を開ける可能性は決してゼロでは無い。
「だから――ここから一発ブチ込んでやる」
例え立てなくたって高火力を叩き込む為の手段を俺は持っている。
『……ならば俺が力を貸そう。現状は俺の失態だ。尻拭いをするなら俺が出ないわけにはいかないだろう』
「それじゃあ――行くぞ」
今まで引いていた熱が再び身体に戻って来るような感覚がした。
武器同士がぶつかり合う甲高い音がする。
まだ、アトラは負けていない。
アトラが折れていないのに俺が先に折れる事は出来ない。
俺が真に打ち倒すべきは負けそうになる弱い自分。
負けられない――負けたくないッ!!
身体に篭った熱が血管を通って全身を駆け巡る。その熱はやがて血管を焼き潰し、俺の内部をズタズタに崩壊させるのが分かった。
身体からは湯気が立ち、熱風が辺りに吹き荒ぶ。
『身体は俺が治す。――お前は最強の一撃に全身全霊を捧げろッ!!』
「応ッ!!」
身体の骨格の一つ一つが軋んで悲鳴をあげている。それは『ここから先にあるのは自爆しかない』とでも言うかのように。
――構うものか。
心臓が鼓動を打つ程に熱は増して行き、俺そのものが強大な熱の塊となっていく。
生まれた熱はやがて右手に集まり極大の魔法陣を形取っていった。
「『灼熱よ災禍に踊れ』ッ!!」
それは薄暗い森を照らし出す圧倒的な熱と光の奔流。
光の帯とも言うべきそれはゴブリンの王を呑み込むとその全身を焼き焦がして行く。
「……後は任せた」
そんな呟きが届いたのかアトラが微かに頷いたような気がした。
「これで――終わり」
そしてアトラはゴブリンの王の首に短剣を突き立てた。
「やったぁ!! 勝ったよ!! 勝ったよ!!」
喜ぶジャックとは対照的に俺は漠然とした嫌な予感がしてその光景を半ば睨みつけるように眺めていた。
そして――青い光が爆ぜた。




