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Arachnid【2】

あと少しで一章完結です。お付き合いくださいませ。

 炎が燃え盛っている。


「――俺は絶対に倒れない」


 いつしか噴き出す血液は炎へと変わっていた。

 この炎は敵を焼く炎ではない。己を焼き焦がし、再生させる炎だ。


『この炎はお前に再生の力を与え、生きる盾へと変質させる。生きる盾であるお前は誰よりも傷付き、誰よりも前に出なければならない。お前にはその覚悟はあるか。誰よりも傷付き続ける覚悟が』


「ああ、生まれたときからずっと。俺にはその覚悟がある」


『ならば良し。俺の力を存分に発揮するが良い』


 願いは常にこの胸に。


 常に前に出ろ。

 この身体は壊れず、散らず、燃え尽きず。

 それは炎で出来た堅固な守り。


「アトラ……ごめんな。折角稼いだ時間と注意、全部無駄にしてしまってさ」


 最初はただ盗む事を考えていた。

 だが、今は違う。

 真っ直ぐにゴブリンの王を睨み付けると杖を構える。


「――来いよ、森の王。這い蹲ってでも最終的な勝ちは取らせてもらうぞ」


 ゴブリンの王を足止めしていた糸はアトラを突き飛ばしたせいか既に無かった。

 いや、もしかしたらこの炎が飛んで焼き消えたのかもしれない。

 ……どちらでも構わない。


 咆哮を上げながらゴブリンの王は再び突進を開始した。


 アトラに迫る巨体は――しかしアトラに当たることは無かった。


「ッグ!!?」


 代わりに俺がぶっ飛ばされたからである。


 ゴブリンとアトラの間に『加速アクセル』で無理矢理割り込んだのだ。

 主人公ムーブをかましていただけあって燃えながら地面に伏せる俺は酷く間抜けに見え事だろう。


 だが、意味はある。


 ゴブリンの王の足に燻る小さな炎。

 それは『災禍の隻腕』の効果だった。

 俺は物理攻撃及び特殊攻撃での負傷を即時回復し、物理攻撃を受けた場合敵に火傷を蓄積させる特殊効果がある。


 殴ったら火傷するサンドバッグ。それが今の俺だ。


「どうして……?」


 ゴブリンの王は火傷を意に介さない様子で再度突進しようとするが――。

 当然のようにその先には再度『加速アクセル』で割り込んだ俺がいるのだ。


「グフッ!!」


「止めて……。どうして、自分から傷付こうとする?」


 アトラは顔を悲痛に歪めながらそう尋ねた。その表情は迷子のようで今にも泣いてしまいそうに見えた。

 だから俺は努めて穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。


「――きっと、それが俺の存在理由だから」


 その言葉はすんなりと出て来た。

 我ながら歪んでると思う。それが間違っているのも分かっている。

 きっとこの精神性は醜悪なものだろう。

 そう、分かっている。


 けれど、この誰かを今度こそ守りたいと言う願いは本物のはずだから。

 だからもう一度手を伸ばすのだ。今度は零れ落ちないように。


「アトラ、もう一度力を貸してくれないか?」



♪ ♪ ♪



 アトラは――否、アラクニドは死の匂いを感じ取っていた。

 言語化出来ないこの特異な感覚は第六感と言い換えてもいいだろう。

 ゴブリンの王と言うべきその個体を前にして勝利するイメージを最初から持ってなど無かったのだ。


 アラクニドの武器は空気中の魔素カルマを取り込み、糸へと変質させる短剣と、多少の第二魔素セカンド・カルマの素養しかない。

 その上、メインウェポンとなる糸のバリエーションはたったの二種類しか無く、粘性のある糸は立体的な展開が出来ないデメリットがある。

 格下なら蜘蛛糸を突破されないが格上相手には力尽くで突破されてしまう。

 いや――或いは格上相手にも時間を稼いで逃げ延びる事は出来るだろう。だが、それではなんの解決にもならない。


『……アトラ、大剣が振り降ろされたらそのままアイツを拘束出来るか?』


 そう言ったのはモンスター相手に四苦八苦していた所を気紛れに助けた青年――杉原清人だった。


 彼は普通の、どこにでもいそうな人物だった。

 髪は外ハネの目立つウルフカットで、顔立ちは程々。如何にも普通の青年らしい造詣をしている。

 ……ただ、フリルの付いた貴族のような衣装を恥じらいながら身に纏っているのは解せないが。


 その青年が――自らが発する炎にその身を灼きながらアラクニドを庇うように立っている。


 アラクニドにはその行動原理が理解出来ない。

 何故そこまで自己犠牲的……利他的に振る舞うのだろうかと。


 アラクニドはモンスターに育てられ、その一点のみで疎まれ、蔑まれて来た。

 そして遂に襲って来た人類至上主義者を返り討ちにした結果、指名手配と相成った。


 ――『殺さない?』


 あの時にそう尋ねたその心は警戒でもあり願いでもあった。

 もし、ギルドの人間でも色眼鏡無しで自分をみる人物がいるならば――それはきっと素敵な事だと思ったからだ。


「アトラ、もう一度力を貸してくれないか?」


 アラクニドの中ではその解は既に出ている。


 ――『男を信じてみるのが良い女ってヤツだ』


「ん……分かった!!」


 今は亡き師の言葉を胸に、アラクニドは再び糸を紡ぎ始める。


 そして青年は声高に叫んだ。


「さぁ、こっからが正念場だ! 気合い! 入れて! 行くぞッ!!」

さらっと主人公がネタバレしてる件

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