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最終決戦・リベンジャー

 結局『色欲』の権能を『嫉妬』の権能で増幅させることによって唯が擬似的な隷属状態となる事で二人は一階層から出る事に成功した。

 そしてそこ先にある悲惨を見た。


「エクエスに……これはテテか。酷い絵面だ。これを見るにいきなり黒星スタート。エクエスは外傷も少ないし、能力の過剰行使が原因か」


「……不味いわね」


 クロエの推測を聞きながら唯はこぼす。

 オルクィンジェは旅団に於ける最高戦力。それがいきなり脱落したのは余りにも痛い。叶人の死体がないのは僥倖だが、オルクィンジェの捲りを想定した節もある。紛れが起こる可能性は、高い。



♪ ♪ ♪



「……ご主人のご友人が」


 嫌な予感は果たして現実のものとなった。

 糸まみれの空間には四肢を失った挙げ句糸によって吊るされた凩と、腕を欠損した状態で死んでいる篝、そして糸によって絡め取られたのか苦悶の表情を浮かべながら自身の首に手を回す形で絶命するシュヴェルチェの姿があった。


「でも、奥方の姿は無いから……二人で決戦に」


 クロエの能力を考えれば遅延される可能性がある以上二人で先に進んだというのは理解出来る。だが、それにしては胸騒ぎが酷い。

 唯は辺りを見回し……後悔する。


 唯が見つけたのは血溜まりと黒い布の残骸だった。血溜まりは既に乾いており衣服と思しき残骸は無残に引きちぎられている。力任せに千切れたのだろうその有様は獣に襲われたかの様に見える。


「……最悪」


 叶人の魔獣は獣。そして種族は人ではなくアラクネ。定期的に番の血を摂取しなければ絶命する種族。


「この先、多分叶人一人よ」


「そんな馬鹿な!?」


「多分、叶人はアニを喰ったのでしょうね。血痕も広い。間違いなく致死よ。死体がないのも、多分……」


 ともすれば、間に合わない可能性が高い。

 いや、既に詰んでいる可能性すらある。


「急ぐわよ。事態は最悪を想定した方が良いみたい」



♪ ♪ ♪



「てな訳で、ご主人と俺っち、ついでに恋愛敗北奴隷には攻撃しないで欲しいにゃ★」


 クロエはニャルラトホテプに対してそう強請る。それは単なる延命のお願い……ではなくれっきとした『色欲』の権能のトリガーだ。『愛玩』、それは可愛いを行使する能力。一切の敵対を禁じ、容易に百日手へと誘う見た目よりも数段えげつない能力。

 その能力はニャルラトホテプに対しても有効だった。


「はて、これは少々困りましたね。しかし悲しいかな完全な敵対無効には至らない。貴方達が攻撃を一回でもくれれば即座に報復出来る程度に過ぎない。そんな中で一体どんな手を打つつもりです?」


「じゃあ、ご要望にお応えして御披露目と行きましょうか。魔装――」


 黒い粒子が唯に纏わりつくとその姿を黒い羽根を持つ漆黒の令嬢へと変貌させていく。

 しかしそれに次ぐ言葉がこの場にいる全員を驚かせる事となる。


「――反転、『超覚醒』」


「なっ!?」


 『超覚醒』それは希望の具現化。杉原叶人以外誰にも会得出来なかった奥義だ。

 反転を宣言した唯のドレスと羽根は純白に染まり黒かった粒子も白い粉雪へと変化した。眩い白に彩られたその姿は、花嫁を彷彿とさせる。


「さて、攻撃しないというなら好都合。私の勝ちよ」


 太腿のホルスターからジョウキキカン銃を取り出す。ジョウキによって弾丸を撃ちだすその武器は唯を中心にして渦巻く濃密な魔素によってより大口径の銃へと変形。


「確か、魔素の効能は願望の具現化、だったわよね? なら、私はこう願おうかしら」



「この一弾は必ず当り、貴方は封印されて万事解決。デウス・エクス・マキナ……ってね?」


 そして、願いの一弾が放たれる。

 対するニャルラトホテプは……ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら微動だにしない。

 弾丸がニャルラトホテプの右肩を貫き、爆ぜた。


「――実に惜しい♪」


 しかし、小さくない傷を負いながらもニャルラトホテプは尚も立っていた。


「嘘……!?」


「ええ、魔素の性質を正しく理解し、私にぶつけた所は高く評価しましょう。しかし貴方にはイメージが足りなかった。肩に当たったのは貴女が私の中心を撃ち抜くイメージの不足。封印に至らなかったのは封印するイメージの不足。もし仮にそれがあったのなら。ああ、私は負けていた!!」


「ッチィ!!」


 すかさず次弾を放とうと構えるが現実は非情だった。ニャルラトホテプは目にまとまらぬ速さで肉薄すると唯の腹部を殴り、そのまま貫く。


「ぁ」


 鮮血が純白を染め上げる。誰が見てもそれと分かる、致命傷だ。


「さて、大怪我を負いましたがこれで攻撃出来ますね♪」


「唯が……クソっ、俺っちとご主人に攻撃するにゃ!」


 焦りを露わにしながら『色欲』の権能の乗った言の葉を紡ぐ。しかし相手は邪神。

 パワーバランスの調整の為に一度は効いても二度目の掛かりは酷く浅い。そういう仕様になっている。

 故にこの帰結もまた当然だった。


「残念ですが、答えはNOです♪」


 邪神は血濡れの腕でクロエの首を掴むと、そのまま花を摘むかのように手折る。ゴキリと嫌な音が響いた。


「さて、これで生き残りは貴方だけですよ。杉原叶人さん?」


 ゆらりと恐怖を煽る様にニャルラトホテプはにじり寄る。

 それに対して叶人は必死に避けようとするが悲しいかな体に力が入らない。


「……くっ」


「では、今度こそ」


 無慈悲な拳が眼前に迫り――


 再び、唯の銃が火を吹いた。

 破裂音と共に弾が吐き出される。しかしその狙いはニャルラトホテプから大きくそれて叶人の方へと伸びていく。


 フレンドリーファイアだ。


 唯の能力は総じて対象を弱体化、ないし不利にする効果しか持たない。故にニャルラトホテプはそう判断する。

 フレンドリーファイアによって一層衰弱した叶人は拳によって死に、希望は完膚なきまでに叩き潰される。そんな未来をニャルラトホテプは予知した。


 だが、そうはならなかった。


「おや? おやおやおやおや?」


 拳が空を切った。一撃必殺にして必中の筈だったにも関わらず。


「実に惜しい、だったか。その言葉、そっくり返してやろう」


 そんな言葉が耳元で聞こえた。

 急いで体を翻すと目線の先には大きく曲がった独特の刃先。

 ニャルラトホテプはそれを上体を逸らして避け、バックステップで距離を取る。


「――おやおや、この展開は私としても些か予想外でした」


 悍ましき者どもの主人はそう零す。

 次いで、姿を表すのは異色の二刀流剣士。目の下に十字の聖痕を刻み、背に髪色と同じくすんだ色合いの翼を持つ一人の少年。


「最終決戦、とあらば俺が出ない訳にはいくまい。それとも何か、この盤面でこの俺が出てくる事は想定していなかったか。だとすれば想定が余りにも杜撰で、甘いな」


 少年は全能の退屈故に全能を自ら封じた創世の神を嘲笑う。どこまでも傲慢に。


 その姿はかつてのアザトースが支配する暗黒期を切り拓かんとした神殺しの王――即ち『魔王』オルクィンジェのものに違いなかった。


「にしても、これではまるであの日の焼き直しのようじゃないですか♪ まぁ、貴方が信頼した仲間が一人たりとも残っていない点は以前とは異なりますが。良かったですね。そもそも仲間が居ないのでは裏切りも何もあったものじゃない」


「ふん、勝手に言っていろ」


 仲間は全滅。一人として生きてはいない。

 しかし、『魔王』は決して絶望しない。下を向かない。


「慢心で既に一度敗北を喫した間抜けな神の安い挑発なぞ頬を撫でる微風と大差ない」


 ――何故なら、ニャルラトホテプは既に一度敗北を喫しているのだから。


「だが、そうさな。意趣返しという訳でもないが先に宣言しよう。お前は今から完全敗北する」


「ほう、完全敗北とは大きく出ましたね。それで? 参考までに私の敗因とやらをご教授願えませんか?」


 ニャルラトホテプの問いかけに対してオルクィンジェは嘲るでもなく、何処までも真剣に、


「お前の敗因は二つ。ジャックを無力だと侮った事、そして今までに杉原叶人を苦しめ過ぎた事だ」


 それを聞いた邪神は一瞬キョトンとした顔をして、次いで笑う。大層愉快な様子で。心底面白いものを見たというような風に。笑う。笑う。嘲笑わらう。

 そして笑いを止めると怖気のするような表情を浮かべながら吐き捨てるようにこう口にするのだ。


「ほ ざ け ♪」

『幻想旅団』『六陽』、生存者共に一名

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