最終決戦・慢心を穿つ
時は少し遡る。
唯一の三対一での戦闘が繰り広げられるニャルラトホテプ直前の階層。そこでは既に負傷者が出ていた。
「篝っ!?」
鬼の鎧を纏った篝は肩で息を吐く。その視線は自身の左手に注がれており、その左手の小指は第一関節より先が存在しなかった。
「良い指してんなぁオイ。まるで白魚じゃねぇか」
そして、篝から奪った小指を繁々と眺めるのが『強欲』のシュヴェルチェだった。
「すまん、ワリャのせいで」
「いや、こればかりは仕方がないだろう。あれほどの魔素、まさか盛大な釣りだったとは思うまい」
シュヴェルチェは如何にも意味ありげに大量の魔素を吐き出したが、結局それだけだった。爆発が起こるでも無く、魔法が発動するでも無く、ただそれだけの全く無意味な行動。
しかしそれが全くの無意味と判別出来る人間はこの世界に果たしてどれだけいるか。
凩はありもしないその先を嫌ってこれを対処しようとしてお得意の飛ぶ斬撃を放ち……この斬撃を篝によって相殺された。
この場に於いて確信でないにしろこの行為に先が無いと篝は悟ったのだ。
先が無い。それはつまり真意は別に存在するという事。その真意は読めなかったものの、攻撃を誘発しようとした事は間違い無い。
故の相殺。
その考えは正解であった。
相殺した斬撃の余波がシュヴェルチェの頬を薄く傷付け、瞬間篝の小指はシュヴェルチェの手の中に渡っていた。
「攻撃した者から何かを簒奪する能力か……。厄介な」
「大正解だ。赤髪の坊主も命拾いしたなぁ。あのまま致死ダメージ負わせてたらお前死んでたぞ。もちろん、俺はお前から奪った分で即座に回復するけどな」
「外道が……!」
「でも、攻めないなら好都合。このまま遅延する」
「って考えるよなぁ? ところが、そうはいかないんだなこれが!!」
シュヴェルチェがそう言うのと同時に篝が苦しげに表情を歪めた。
「俺は『強欲』だからな。一度奪ったからにはそれはもう奪える足掛かりが出来たのと同義! まぁ噛み砕いて言えば奪われた箇所からどんどん掠奪が進行するって訳よ。つまり時間を掛ければ掛けるほど戦力は減って俺のリソースは増え続ける! そんな中でも遅延が出来るのかぁ? なぁオイ!」
攻撃すれば奪われる。
攻撃しなくても奪われる。
致命を取ろうとしても自身が死んだ上で相手は奪った命で生き延びる。
敵意を持てない『色欲』、経験を付与する『怠惰』、多彩な状態異常を操る『嫉妬』、触れたものを捕食する『暴食』、相手の技量力量を完全に模倣する『傲慢』。大罪の能力どれもこれも強力ではあるがそれでも眼前の『強欲』程では無いだろう。
「……成る程の。ほいじゃあ、待ちにする訳にもいかんの」
しかしそんな状況下、俯きながら凩はそう呟く。
「凩、何を」
アニが問いかけるよりも先に凩はシュヴェルチェへと肉薄する。
「魔装」
凩の纏うのは骸骨にも似た鎧。凩の獲得した魔装だった。
「おいおいいきが良いのは歓迎だが話し聞いてたのかーー」
それが、何の躊躇いもなくシュヴェルチェの右腕を斬り飛ばし、その代償として左足の一本が奪われた。
凩は片脚を失いバランスを崩すーー事も無く冷静に刀の鞘を杖代わりに後退する。
「痛いじゃねぇの。けど、お前もこれで時間制限付きだ。さっきと違って腕一本斬ってくれやがったんだ。掠奪の速度は女の比じゃねぇぞ」
「……ごちゃごちゃやかましいわ。だったら奪えばええわ。但し、」
凩はニヤリと笑う。それは今までの直情的な凩からは想像も付かない位悪い笑みだった。
「ワリャに巣食う呪いをぜぇんぶ引き受ける覚悟があるんならな!!」
俯き加減に隠された面を晒す。その素肌は赤かった。凩の顔は、いやその前身には血走ったかのような赤い線が幾重にも引かれていたのだ。
それと同時に斬り飛ばされた腕を再生させたシュヴェルチェは顔を青くしながら吐血する。
「まさか、奪われるのを見越して自分を呪ってるのか!? この気狂いが!!」
凩の母である一舞は凩の目の前で呪いによる凄惨な最期を遂げている。つまりその血筋には呪いの素養が少なからず混ざっている。それに加えて両親の死に端を発する魔獣を心に秘めており、長らく生成りの状態でもあった。
魔獣をうちに秘める事は即ち瘴気の醸成と同義。その果てに今の凩があるとするならば、呪いの適性は単に高いというだけでは済まされない。
「篝も蜘蛛子も休んどき。コイツはワリャが確実に潰すからの」
「クソッタレがぁぁぁッ!!」
「ワリャとアンタ、相性は最悪や」




