Atlach-Nacha【3】
リメイク前は結構人気があったキャラクターと本格的に行動を共にします。■の掘り下げで人気が変動するのか!?
「ん、ぐっどもーにんぐ」
昨日の少女は切り株の上で探検を弄びながらちんまりと座っていた。
彼女の頬は土埃に汚れていて、その辺りには激しい戦闘のあとが残っている。
それは少女が今さっきまでずっと戦闘していた事を如実に伝えており、罪悪感に胸がチクリと痛んだ。
「ずっと待ってたのか?」
「ん、……そう、かも?」
小首を可愛らしく傾げながらそう曖昧に少女は答えた。
「っと、そう言えば名前聞いてなかったよな。名前は何て言うんだ?」
そうすると少女はアラ――と言いかけて、急に口を噤んだ。
次いで思案顔で視線をあちらこちらに彷徨わせると。
「アトラク・ナクア?」
そう一言。
「いや、何で疑問形なんだよ」
あの妙な間やら思案顔やらを加味して考えると明らかな偽名である。考えなくてもきっと偽名だ。
「取り敢えず、私はアトラク・ナクア。気楽にアトラで良い」
「分かったよ、アトラ」
観念したようにそう言うと少女――アトラは表情を小さく綻ばせた。
彼女の微笑んだ顔は野に咲く小さくて、可憐な花のようで思わず目が惹きつけられる。
「それで、アトラちゃんは何がお望みなのかなぁ? 何でも言ってよ、頑張ってこなすからさ。清人が」
「おいジャック、言い方酷くないか?」
とは言え、助けて貰ったのは事実。出来うる限りの努力はするが。
だが、アトラの口から出たのは、半ば俺のトラウマになりつつあったアレだった。
「最近のゴブリンについて教えて欲しい」
「……ゴブリン」
意図せず表情が引きつるのが分かった。
クメロの森で猛威を振るう、緑の皮膚を持った強靭な狩人。
血濡れの両腕をしていて、自虐的な笑みを浮かべたあの姿は忘れたくても忘れられないくらいインパクトがあったのを鮮明に覚えている。
「彼等は最近……余りにも挙動がおかしい」
「そうだねぇ、確かに凶暴化してるかな」
しかしアトラは首を横に振った。
「違う。本来、ゴブリンは理知的。子孫を残す為の母体を攫う時と人間に襲われた時しか人間を襲わない。……というか、後者はほぼ自衛?」
「でも攫ってる時点で何だかなぁって気はするけど……ひっ!?」
軽口を叩いていたジャックにアトラは酷く冷徹な視線を向け、ジャックは情けない声を出した。
「……モンスターだからどうこうは、駄目。色眼鏡良くない」
「ゴブリン達は友好的な人間には誠意を持って接する。攫った人間も死なないように毎日ご飯を与えるし、文化が決定的に違うだけで人間とそこまで違いはない」
話を聞けば成る程と思わないでもなかった。薄い本で色々とやっている印象の強いゴブリン達ではあるが、子供を設ける為に攫った女の子を傷つけたり、健康を害するようや真似を進んで行うのかと問われればそれは否だと思われる。
けれど。
「――でも、ゴブリンは凶暴化してる。事実、血で染まったゴブリンの軍団を俺たちはこの目で見てるんだ」
そう言うとジャックはブンブンとやや過剰気味に頷いた。
「だから、その異変の理由が知りたい」
そう真剣な目でアトラは告げた。
そして……その答えを俺は既に持っている。けれど、それを言える訳がなかった。
俺たちが別の世界の住人で、『魔王』の力が封じられている欠片が原因なのだと。そんな事、言える訳も無い。
「……それには答えられない」
「……ん、分かった」
「けど、解決は可能……な筈だ」
尻すぼみな調子で言った。
「アトラが事態の解決を望むなら、俺たちはきっとその一助になれると思う」
そう言い切ってから後悔する。
一助になれると考えた根拠は俺が『欠片』を回収出来るからという事のみ。
そして俺はさっき、答えられないとも言った。
アトラにとっては全く根拠の無い話になる訳だ。
それを信じるとは――。
「ん、心強い」
しかし予想に反してアトラは信じた。
「……根拠とか、聞かないのか?」
「聞かない」
「因みに俺、戦うの下手くそだぞ?」
「私が戦うから実質のーぷろぐれむ」
何故、どうして、そんな言葉が胸の中を反芻する。
「秘密の一つや二つ持っていた方が楽しいってししょーが言ってた。それに……」
「秘密は、お互い様」
「そっ、か」
そう言うと少しだけ笑えてきた。
そんな考え方もあるのかと、目がさめる思いだった。
「行くのかい?」
「ああ。解決しに行くぞ」
それはかつて日々のワンシーンのように。
「――最後は俺が、全部どうにかする」
見ないふり、聞かないふりも俺の本領だと言ったが――解決もまた俺の本領だ。
「……?」
そう気合いを入れる俺をアトラは訝しむように眺めていた。
そんな中、不意に『魔王』が口(は無いのだが)を開いた。
『ふん、宿主。お前も妙な奴だ。気付いていない訳でも無いんだろう?』
「何のことだ?」
『……あくまでもシラを切るか。何なら俺が答え合せをしてもいいんだぞ?』
「そう言うのは自分から言ってくれるのを待った方が良いだろ」
俺の視線の先には――アトラと名乗った少女がいる。
断定は出来ないが、彼女の本当の名前は……。
『そうやって目を背けるのか?俺が言いたいのは宿主、お前の事だ』
「……どう言う事だ」
『自分の生存の為なら恥も外聞も容易く捨て置き、なのに今度は安全策を取らず自らの命を危険に晒すと言う。これは酷く歪だとは思わないか?』
「……」
『そして、お前の精神性の歪さの根底は自己犠牲、そして贖罪にある。あの娘も薄々気付き始めているぞ?アレはどうにも聡明らしいからな』
「……何の事だか分からないな」
『ふん、精々その厚い化けの皮が剥がれないように振る舞う事だ』
はい、蜘蛛系ヒロインちゃんです。正体はバレバレですけれども。




