決戦直前・点呼
初手から壮絶なネタバレをしていくスタイル。
(どんでん返しをしないとは言っていない)
さあ、最後は盛大に奉ろうか!
「――おやおや、この展開は私としても些か予想外でした」
悍ましき者どもの主人はまず最初にそう零す。
ナイツ・オブ・デイブレイクの本拠地、その最奥に位置するこの部屋は所々が焼け焦げており元の豪奢な内装は見る影もない有様だった。
土埃がもうもうと立ち込める中、姿を表すのはこの部屋の惨状を作り出した下手人にして異色の二刀流剣士。目の下に十字の聖痕を刻み、背に髪色と同じくすんだ色合いの翼を持つ一人の少年。
「最終決戦、とあらば俺が出ない訳にはいくまい。それとも何か、この盤面でこの俺が出てくる事は想定していなかったか。だとすれば想定が余りにも杜撰で、甘いな」
少年は全能の退屈故に全能を自ら封じた創世の神を嘲笑う。どこまでも傲慢に。
その姿はかつてのアザトースが支配する暗黒期を切り拓かんとした神殺しの王――即ち『魔王』オルクィンジェのものに違いなかった。
「にしても、これではまるであの日の焼き直しのようじゃないですか♪ まぁ、貴方が信頼した仲間が一人たりとも残っていない点は以前とは異なりますが。良かったですね。そもそも仲間が居ないのでは裏切りも何もあったものじゃない」
「ふん、勝手に言っていろ」
『六陽』と『幻想旅団』の全面闘争。ナイツ・オブ・デイブレイクの本拠地を舞台に開始されたのは変則的な勝ち抜き戦。
その最果て、『幻想旅団』の旅の終着点こそがニャルラトホテプが陣取る第六層。
そこまで到達したのは僅かに一名のみ。
しかし、『魔王』は決して絶望しない。下を向かない。
「慢心で既に一度敗北を喫した間抜けな神の安い挑発なぞ頬を撫でる微風と大差ない」
――何故なら、ニャルラトホテプは既に一度敗北を喫しているのだから。
「だが、そうさな。意趣返しという訳でもないが先に宣言しよう。お前は今から完全敗北する」
「ほう、完全敗北とは大きく出ましたね。それで? 参考までに私の敗因とやらをご教授願えませんか?」
ニャルラトホテプの問いかけに対してオルクィンジェは嘲るでもなく、何処までも真剣に、
「お前の敗因は二つ。ジャックを無力だと侮った事、そして今までに杉原叶人を苦しめ過ぎた事だ」
それを聞いた邪神は一瞬キョトンとした顔をして、次いで笑う。大層愉快な様子で。心底面白いものを見たというような風に。笑う。笑う。嘲笑う。
そして笑いを止めると怖気のするような表情を浮かべながら吐き捨てるようにこう口にするのだ。
「ほ ざ け ♪」
♪ ♪ ♪
世界崩壊まであと四日になる今日、俺たちはナイツ・オブ・デイブレイクの本拠地に来ていた。
「……いよいよだね」
「ああ、そうだな」
ここに来るまで本当に色々な事があった。……本当に色々あった。今は割愛するけども。俺たちの人生はまだまだ続く。ここで人生の振り返りをする必要もないだろう。
過去を思い返すのは子供や孫に囲まれながら眠りに落ちる寸前の一刹那で充分だ。
「緊張してるかな?」
「緊張? まさか」
ジャックの問いかけに対して俺は自信たっぷりに返してやる。それは決して強がりでは無い。確固たる自負と誇りから出た言葉だった。
「ここに揃ったのは俺が最強と確信する仲間で、本物の勇者だ。敗北はまずあり得ない」
この少ない期間、ずっと俺は仲間達を見て来た。だからこそ分かる。
「うぅん、僕が頭数に含まれる最近って言うのもなんか不安だけど」
「ジャックはジャックであれからずっとニャルラトホテプを倒す為の隠し球を磨いてたんだろ? なら、俺はそれを信じる。ジャックはニャルラトホテプに勝てる。なら、それは実質最強だ」
ジャックはずっと何かを狙っている。その証に右手は以前とは比べようも無いほどに煌びやかになっていた。
何で煌びやかになっているかと言えばそれはズバリ、ダメージ軽減の指輪や腕輪を体が骨なのを良い事に付けれる限界まで装着しているからだ。本人曰く、『こうでもしないと身体が耐え切れそうにないからねぇ』とのこと。
その結果オルクィンジェをしても右腕一本だけに関して言えば指輪や腕輪の加護を貫通して一撃で決め切るのは容易では無いと言わしめる程の防御力を手にするに至った。
ただ、やはり重いのか機動力が大幅に下がっている上関節に少し干渉しているのか稼働範囲も相当狭いように見える。
しかし他ならぬジャック本人が決まればニャルラトホテプに勝てると太鼓判を押したのだ。ならば俺は信じよう。
最悪反動が来て腕が潰れても死にさえしなければ俺の輪天灼土である程度のケアは見込める。
一ヶ月に満たない僅かな期間ではあるが俺たちの得たものは多い。
ジャックのニャルラトホテプ必勝法、魔獣化を自分の支配下に置く事でその力を直接その身に宿す『魔装』の技術。そして多くの敵を倒した事により獲得した大量の魔素。
調整は充分。これ以上ないコンディション。
「さてと、これが旅の終着点って訳や。……腕が鳴るの」
「ここまでやって来たのだ。敗北はあり得ない。そうだろう? 団長」
「ああ、そうだ。……俺たちは決して負けない」
夢は朝日が来れば覚めてしまうものだ。そして朝日は何度でも悲惨な現実を突き付けてくる。
だが、明けない夜が無いのと同じように沈まない陽は無い。
それに、例え夢から覚めたとしても、人は何度だって夢を見れる。人にはその力がある。
だから、幻想は決して散らない。
「叶人、少し怖い顔。ほら、笑って」
「お、おう」
そんな事を考えていると横からアニが俺の頬をムニムニと摘む。こ、こそばゆい……。
「ま、今緊張するだけ損よ損。今緊張して戦闘中に緊張が切れたら目も当てられないわ。そうね、最後に一回、気合い入れも兼ねて点呼でも取れば良いんじゃない?」
「……だな、それじゃあ最終点呼とすっかな」
すぅと息を吸い込む。
「団員ナンバー一番、ジャック!」
「僕が一番なんだ!?」
「当たり前だろ。最初から行動してたのは他ならぬお前なんだからな。それで返事!」
「はい! かなっ!」
ジャックらしい、元気な返事だ。
「次! 団員ナンバー二番、オルクィンジェ!」
「応」
ぶっきらぼうにも、素っ気ない風にも聞こえるが、これもいかにもオルクィンジェらしい返事だ。
「団員ナンバー三番……杉原アニ!」
「ん、万事問題なっしんぐ。いつでも行ける」
……これ、なんだかとんでもなく気恥ずかしいな。まあ、それはこの先時間をかけて慣れて行けば良い。俺たちの人生はまだまだ始まったばっかりで、先は長いのだから。
「団員ナンバー四番、一凩!」
「この一凩、近年稀に見る絶好調や。あんさんに絶技をご披露する予定やから、期待しとき」
凩は完全に吹っ切れたのか言葉の端々に揺るぎない自信が感じられる。まぁ、うん。そりゃあ、そうなるよな。分かる。分かるぞ。だって、
「団員ナンバー五番、一篝!」
……凩、新婚さんだもんな。
「私も問題ない。どんな艱難辛苦も一刀の元に斬り伏せて見せよう」
ここは一切ブレない。頼もしいのだが、こう、何だろう、こう……駄目だ言葉が見つからない。
兎に角感慨深いというか何というか。仲間同士でくっ付くと何だかこの二人がくっ付くか、みたいなそんなクソデカ感情がやって来る。
「そんで、ラスト。団員ナンバー六番、高嶋唯!」
「ええ、ええ。問題無いわ。誰が来ようが私は勝てる」
唯は相変わらず不敵な笑みを浮かべている。
『幻想旅団』、延六名――
「じゃあ、征こうか。俺たちの旅の終着点って奴に!」
――全力驀進。
伏線は張っておいた。




