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Twin come devil【3】

早く最終決戦に移りたかったんや……許してな。

『手が届かない場所に欲しいものがあるのならば、手前の足で歩いて取りに行け』


 昔灯紅蓮はそう言った。

 その教えは凩と篝の両名の胸に強く息衝いている。それ故に、一方は揺るぎない強さを求めた。求めてしまった。

 故に手法も過程も顧みず、ただ只管、愚直なまでに、禁忌を犯しても尚強さを希求した。

 そしてもう一方は、


 ただ、手を伸ばしていた。


 篝は肉が削げ落ちて行く凩を見ながら戻って来いと声を上げる。しかしその声は届かない。ならばと伸ばした手も届かない。


「……くっ、骨が幾つか折れたか」


 動こうとすれば鈍い痛みが走り痛みは動く為の気力を確実に奪い去って行く。

 しかし時は非常にも流れる。魔獣となりつつある凩は狂気のままに鬼へと迫る。


 その姿を見て篝は思う。


 嫌だ、と。


 理由は多々挙げられる。例えばこのまま順当に魔獣化すれば鬼を倒せるだろうが後に残るのは途方もない力への執着を余す事なく力へと変えた魔獣だけ。鬼一匹に手こずっている現状では先ず手の付けようがないな、だとか。そんな結果論じみたものではなくて。

 それはもっと根源的で、本能的な衝動だった。


『凩を見ていると、こう、その、何だ……胸の奥が熱く昂る』


 ……。


「ああ、そうか。そう、だったな。私はこんなにも簡単な事を見逃していたのか」


 憑き物が落ちたかのような、どこか晴れやかな顔で篝は呟く。

 好ましいと感じた背中が魔性に堕ちると言うのならば。禁忌を犯してもそれを止めよう。

 幸い胸の裡にはそれを為せるだけの熱量きょうきはある。


 骨が折れたならば溢れ出る熱情きょうきを以って繋ぎ止めろ。

 足りないならば振り絞れ。


 そして、そして、その果てに一匹の鬼となりましょうや。



♪ ♪ ♪



 篝の一撃は容赦も加減も一切ない、苛烈極まりない代物だった。

 凩の飛ぶ斬撃とは違い、近距離から放たれる凡庸だがありったけの技巧と力の込められた一撃は魔獣の肋骨を半ばまで切り裂いた。


 しかし篝はそこで止まらない。篝は刀から手を離すと今度は自分の刀を抜き放ち骨という骨を切り刻んで行く。


「二刀の心得は無いが、一刀を振るう残心をもう一刀を振るう予備動作にする程度……造作もないっ!!」


 魔獣は苦悶の声を上げながら骨の巨腕を振るうがどこ吹く風。尚も篝は止まらない、加速する。


「我流残心二刀……彼岸花!!」


 飛び散る骨片は刃の軌道を示す標となる。そして現れた軌跡は、奇しくも彼岸花にも似ていた。


「こうなった遠因は父上にもあり、私にもある。故に二刀を以って宿業を斬った。……再度問おう。凩、お前はいつまで逃げるつもりだ」


 そして花が散った後に残ったのは、


「……いつまで、やろな」


 巨大な骸の脊髄から裸の上半身を露出させた凩の姿だった。項垂れながら吐き出す言葉は弱々しく先程までの凶相が嘘の様だ。


「馬鹿者、今、この時までと言わんか」


 篝の声色は、しかしとても柔らかなものだった。

 それに感化されてか、ボロリと骨がひとりでに砕け、黒い粒子へと還って行く。


「……ワリャ、戦ってる時に色々思い出したんよ。正しい記憶ってのを。けんど、まだ分からん。あん時鬼と戦って勝つ代わりに篝が鬼になった。そっから、ワリャと梶はどうなったんや」


「……私を元に戻そうとして、梶は」


「そか。ワリャの記憶の一部にゃほんの若干の真実が含まれとった訳やな」


 明確に誰かが悪い訳ではなかった。ただ皆等しく弱かったのだ。


「ワリャは、いつも足りとらんの……」


「しかし生きている。時に凩、凩は誰かに『生きろ』とは言われなかったか?」


「どうやろ。……あぁ、言われたやも、しれんの」


「ならばそれが真実だ。お前は生きる事を望まれ、今日の今日まで生存を勝ち得てきた。お前の思う強さはそこには無いかもしれんが、それだけでお前は強者足り得る」


 しかし、同時にとても強かでもあった。

 絶望は具象化し、理不尽が山の様に降り掛かり、悲劇こそが日常茶飯事の最低最悪な世界を今日まで生き抜いているのだ。それを強者と言わず、何と呼ぼう。


「色々やらかした分際でそれを認めんのは、ちょいと気が引けるの」


「それを言うのなら私もだ。いや、誰しもがそうだ。失敗の無い人間など存在しない。してたまるものか。人の身であれば至らない事の一億や一兆程度は普通だろう」


「いくら何でも桁が多すぎやしないかの!?」


「しかし間違えるものは間違える。事実私も相当間違いを重ねてきたからな。例えば、そうさな……」


 篝は覚悟を決めたような顔つきで凩と相対する。先程までの諭す様な雰囲気は引っ込み、代わりに戦闘時と遜色ない真剣さを帯びた。

 そして人差し指をピンと凩に向けると、


「早いうちに『お前が好きだ』と伝えていれば良かった」


 目を逸らす事なくそう伝えた。


「ほ?」


 対して凩は理解が及ばない様子で目を丸くする。


「無論、お前に戻って来て欲しいからこう言っている訳ではない。単純に、言おうと思ってはいたが期を逃し続けたただそれだけの話だ」


「いや、いやいやいや、待てや。そもそも篝は梶の事好きだったんちゃうんか!?」


「梶か? 今でも好ましく思ってはいるがあくまでそれは共に高みを目指す戦友としてだ。同じく凩を独りにすまいと躍起になって鍛錬に明け暮れてはいたがそこに恋慕は無い」


「って事は、つまり……」


「そういう事だ」


 凩の顔が夜の暗がりの中でもハッキリと目視出来る程赤らむ。


「わ、ワリャも……篝の事が」


 と、そこまで口にした時、その場の雰囲気に水を刺すかのようにパンパンと手を叩く乾いた音が響いた。


「私のいない場面でいちゃつくのは別に、全然、全く構わないのだけれども? 私の前で公然といちゃつくのはやめてくれないかしら。あと、戻るなら戻るでさっさとしなさい」


「む、そうだな。……凩」


「分かっとる」


 篝は凩に手を差し伸べない。その代わりに瞳に問い掛ける。『やれるな?』と。

 それに対して凩は自力で立ち上がる事で回答とする。

 そこに過去を引き摺る子供の姿は無い。


「ほいじゃ、先ずはさっき迄の諸々の非礼を詫びる所から、かの」


 根本的な問題が解決した訳では無い。しかし凩の表情は晴れやかなものだった。

 これにて長い長い茶番の一幕は終了。


「それにしても、唯は一体どんな感情でその姿になったんだ?」


 なのだが篝は唯の転身に疑問を覚える。

 尋ねられた唯は人差し指を一本だけ伸ばして唇の前まで持って来ると、


「秘密」


 とだけ言い残してさっさと踵を返した。


「ほいじゃ、ワリャ達も行くとするかの」


 そう言うと二人は並んで仲間達の元へと帰還した。


次回、最後のcontinue

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