Twin come devil【1】
コイツいつ二周年記念の色々やるんだ?
ひび割れた獣の皮の中、凩は遠い日々を思い出していた。
それは自分の父母が死に、強さに固執するようになる原初の記憶。
「……そうや。そうやったわ」
その記憶を正しく思い出した凩は……嘲るような笑みを浮かべた。
「ワリャは、最初から魔獣やった訳や」
獣の皮が自壊し凩の面が露わになる。しかし現れた顔は平時の凩とは似ても似つかない凶相だった。
「何か、全部繋がった気分やわ。魔獣になりかけた者を気絶させると魔獣化は止まる。けんどその代わりに何かしら起こる。つまりは、そういうこっちゃな」
静かな森に生温い不気味な風が吹き抜ける。
「なぁ、篝。ワリャの記憶、おかしくなっとるよな?」
篝は言い淀む。しかしその沈黙は何よりも雄弁に答えを示していた。
それを見て凩は似合わない大仰な動作で天を仰ぎながら大きなため息を吐く。
「やっぱりの。いんやぁ、ワリャの記憶って思い返せば色々と妙なもんでの。両親が死んだのは分かっていても直接の死因とか、そういうのは全く覚えとらんし、梶が死んだ時の記憶も今考えればおかしな点は幾つもある」
例えば、篝の性格とかの、と凩は付け加える。
凩の持つ記憶の中の篝は梶への恋慕を募らせた挙句、鬼との戦いで梶を刺してしまった事で魔獣になりかけた人物である。しかしよく考えてみれば。
篝は恋慕を募らせるような、そんな甘っちょろい性格をしているだろうか?
否だ。
ではその事実が何を意味するかーー最早論ずるまでも無い。
「ワリャが魔獣化しかけたんやろ? 何でそうなったんかは思い出せんけど、で、それを止めようとして梶が死んで、お前も引き摺られて魔獣になった」
否定の声は出ない。篝はただ悲痛な面持ちで凩を見つめ続けるだけだった。
最低最悪な真実を知り……凩は尚も笑みを深める。それは霧の中にあって尚輝きを放つ三日月の形にも似ていた。
「さっきのアレは上澄みも上澄み。せやからあっさり負けたし弱かった。けんど、ワリャのドブみたいな本性から来る絶望を曝け出したら、もうちょいと強くなれそうやと、そうは思わんかの?」
「止めろ! 凩ッッ!!」
「ほいたら、厚い面の皮の下の下。引き剥がそか」
凩は自分の面に手を掛けて、仮面を取り去るかのようにそれを勢いよく引っぺがす。
すると絶望によって反転した濃密な魔素が全身から吹き出し、凩の姿を本来の異形へと変性させる。
魔素の奔流が齎す暴風に耐えた篝が前を向けば、そこには。
「ッ!?」
頭骨のない巨大な髑髏が鎮座していた。
身に纏う紺色の作務衣は汚れ、骨には一片の肉も残らない。そして何よりも特筆すべきはその武装。
それは生首であった。
手首から生じた鎖が生首と繋がっていたのだ。
その様に篝は猛烈な既視感を覚えた。
いや、実際に見たわけでは無い。しかし、その様は父より聞かされた話と酷く似ていたのだ。
凩の両親の死に様に。
捩じ切られた首も、肉の一片すら残らないその姿も。全部、何もかもが。そっくりだった。
「お前は……!!」
続く言葉は出なかった。それは言いたい言葉が混線したからではない。
件の髑髏が己の生首で出来たフレイルを篝に向けたからである。
地面を抉る鈍い音がこだまする。生首の直撃を避けた篝だったが抉れた地面を見て見た目こそ生首であるものの見た目通りの質感では無い事を悟る。当たれば痛みを感じる前に轢き潰される事だろう。
内心で冷や汗をかきながらも篝は今一度刀を構え直す。
「いい加減にしろ、一凩。いつまで逃げるつもりだ」
そして、吐き捨てる。
「お前は弱いと言ったな。ああ、そうだ。お前は弱い。弱くてみっともない! 私の知る誰よりも! だがな、それは剣術や膂力の問題では無い。真に弱い物、それ即ちお前の心だと知れ!」
篝は睨む。巨体と化した魔獣を前に少しも臆する事なく。
「命を賭してお前を引き止めた友の犠牲を、お前は容易くふいにするのか!! 答えろ凩ッ!!」
しかし魔獣は答えない。当然だ。魔獣に理性は無いのだから。ただその代わりにありったけの害意を込めて生首を振るうのみ。
「凩ッッ!!」
一瞬、篝の身体からも黒い粒子が漏れ出た。
篝はそれを時間して、
「はいはい、茶番はそろそろ終わりの時間よ」
漆黒の弾丸が篝の銀髪を掠めながら髑髏に向かって飛翔した。
「何が始まるかと思えば、蓋を開けてみれば子供の駄々。全く見てられないわね」
篝は反射的に振り向く。
するとそこには漆黒に染まった独特な形状のジョウキ機関銃を手にした真っ当な人ならざる者が立っていた。
「唯、なのか?」
「御名答」
夜霧の中から姿を表したのは漆黒のナイトドレスを身に纏い背中から一対の蝶の羽根を生やした高嶋唯だった。
篝はその姿を見て理解する。高嶋唯は自分と限りなく近い存在となったのだと。
「絶望を己の心の在り方で塗り潰す。言葉にすれば簡単だけれど実行するにこれだけ難しい事なんてないんじゃないかしら」
「唯は一体何で絶望を……いや、今はそれよりも」
「力、貸してあげるわ」
その先を口にする前に唯は返答していた。
話がすんなりと進むのは歓迎すべき事なのだが、どうして彼女が自分から助力を口にしたのかは分からなかった。
「分からないって顔ね。ああ、言っておくけれど他意は無いわ。これは自らの在り方を示して見せた貴女への最大限の敬意のつもりよ。不要なら別に良いのだけれど」
「……いや、助かる!」
二人は靄に佇む巨大な髑髏の方に向き直る。
「さぁてぇ、聞き分けの無い駄々っ子には厳しいお仕置きが必要ね」
それを聞いて微苦笑を浮かべる。どことなく晴れやかにも見えるそれには先程までの焦燥や怒りは見受けられない。
「違いない。……灯紅蓮が娘、灯篝。お前の妄念、砕かせて貰う!!」
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