A hidden story【2】
レポートにて、しばしドロンする。
大前提として、一凩という人間は限りなく毎夜襲い来る魔性共に近しい。
それは姿形が、という訳ではなく本質的なものだ。己の弱さに絶望し、両親が死んだ事実に絶望したその精神性に関しては魔獣そのものだと言っても差し支え無い。
容姿にしても紅蓮の手によって意識を奪われたからこそ辛うじて人の形を保っているだけに過ぎない。
「やれやれ、コイツまた漏らしたのか……」
そんな取り扱い危険物を甲斐甲斐しく……はないのかもしれないが、実の子供同様に世話をしている男が一人。
灯紅蓮そのひとである。
意識を刈り取ったその後は凩を家に連れ帰ると、往復して二人の遺体の死体の処理に奔走。
遺体の処理が終わったら今度は篝と凩の世話だ。ハザミで態々木刀を振おうという物好きは少ないものの仕事どころの話ではない。
そして凩である。
気絶させたのが不味かったのか警戒され与えた食事も碌に取らない。目を離せば自傷行動に走りかけるし、かと言って距離が近いと警戒心が振り切れていきなり襲って来る。無論魔獣なりかけの子供の攻撃が嵐ほどでないにしろ熟達した紅蓮に効く筈もないのだが、それはそれとして徒労感と面倒くさいという感情は募る。
しかし紅蓮は世話を放棄するつもりは無いようで、ぶつくさ言いつつも凩の意識を刈り取って布団を引き離すのだった。
「子供の心配すんなら子供の心も勘定に入れておきやがれってんだ、畜生め」
「……く」
「あぁ?」
そこで、意識を失った筈の凩の口から言葉が発された事に紅蓮は少なからず驚きを覚える。
「つよく、つよく、つよく、もっとつよく」
まるで呪詛のように続けられるそれは強さの希求の言葉だった。
「強く、なぁ。そんな事、まずは手前の手で飯を食べてから言いやがれってんだ」
それは反応を期待しない、ただの呟きだった。しかしそれを受けた凩の変化は劇的だった。
翌日、凩にあてがった部屋を訪れた紅蓮は驚くべき物を目にする。
布団を、食べていた。
いや、正確には布団の中綿なのだが凩少年は鬼気迫る表情でそれを食べていた。
「せめて食うなら食えるもんを食えや馬鹿餓鬼ぃ!!」
腹部に拳を一撃。凩は胃の中に入れた一切を吐き出すと恨みがましい視線を紅蓮に向ける。
それに対して紅蓮は動じる事なく「粥、作ってくるからそれまで待ってろ」と告げて部屋を後にした。
♪ ♪ ♪
それから紅蓮は凩の扱い方を凡そ察した。
凩の本質は絶望である。それは間違いようの無い事実。そしてそれは己の無力に端を発する物であり極めて根深い。だが、それ故に。
強さと紐付けされるものであれば、それが何であれ受容するようになってしまった。
常識も情緒も、何もかも強さに絡めてしまえば凡そ思い通りに凩は変容すると知った。
勿論紅蓮もこれが健全であるなどと思ってはいない。だが、このお陰もあって急速に人間味が出て来たのも確かな事だった。
「おっちゃん! 今日も特訓、頼むわ!」
そしてこの快活な笑みもまた、教えを乞う為に身に付けた仮初めの顔でしか無いことも確かであった。
「……なぁ、凩。手前はどうして強くなりてぇんだ?」
「んなもん、知らん」
紅蓮の質問に凩はきょとんとした様子で答える。
「と言うか、何というか。強くなりたいと思うのはごく普通の事やろ?」
「それは、例えばハザミに居なくてもか?」
「場所は関係無い。強くなれるんなら強くなれるだけ強くなる。そこに理由は要らんし、理由が要るとも思わん」
紅蓮は思う。やはり歪だ。
凩は強さへの並外れた執着故にハザミの中においても桁外れた武人となるだろう。しかしそれは同時に真っ当な人の道から更に大きく逸れる事を意味する。
何故なら紅蓮は曲がってしまった分だけ曲げ返しているだけで、見た目こそ普通に見えるもののその歪みは増える一方なのだから。
強さ故に孤独になるのはまだマシ。これが何らかの弾みで魔獣化なんかしたら目も当てられない。正に最低最悪の事態だ。
だから、凩を人の道に縫い留める錨が要る。
「……ああ、畜生」
そして、真っ先にある事を考えた紅蓮は苛立たしげにそう呟いた。
信用出来ない語り手は一人では無いという事だ。




