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A hidden story【1】

 強さが欲しかった。死に際の母親がそう言ったから。そしてあの時逃げ惑うしかなかった自分が余りにも滑稽で、情け無くて格好悪かったから。

 だから、力が欲しかった。


 そして、少しだけ強くなった。ほんの少しだけ。

 これからもっと強くなれると、そう思ったのに。


 パキリと嫌な音を立てて獣の皮が砕ける。


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


 まだ強くなってなんかいない。誰にも追い付けていない。ずっと梶と篝の後を追う事しか出来ていない。

 誰かの後ろに引っ付いて、卑屈になって、隠れて、その癖何も出来ないのはもう嫌だ。


「ワリャだけ置いて、皆強くなるの」


 それでは、余りに惨め過ぎる。

 余りに……自分の存在が小さく感じられてしまう。


「ずっと、そうやったよな。ワリャがどんだけ頑張っても届かない。あんたとワリャと梶の三人で鬼と戦った時にも……ワリャは一番弱かった。本当ならあの鬼を一番殺したかった筈で、その為に必死こいて努力した筈やのに」


 篝が魔獣化するきっかけになった戦いも、決定打になったのは梶と篝。介在の余地こそあったもののそこに自分は含まれない。自分は付け合わせ程度の存在でしか無い。


 無力。余りにも、悲しくなるくらい。


「凩お前……」


 鬱屈した心からの声を聞いた篝は悲しげに眉を下げ、


「前提からして言っている事、殆ど間違えているぞ」


 凩の発言をバキバキと叩き折りに行った。

 いっそ見上げたくなるほどの全否定である。


「そもそも、私も梶もお前が一番強くなって孤立しないように強くなっただけだ。結果としてお前の実力を超えたのは自分でも想定外だったがな。だが、もし仮に私と梶があの時にもっと弱かったなら、その時はお前を除いて全員死んでいただろう。事実としてあの戦いで梶は重傷を負い、私は魔獣化した」


 言っている事が理解できなかった。

 だってそうだろう。

 凩の記憶に於いては、鬼こそ倒せたもののその過程で篝は梶を刺して精神を病んで魔獣化の起点を作る結果になってしまったのがその一件なのだから。

 しかし蓋を開けてみればどうだろうか。出てくるのは有り得るはずのない記憶の食い違い。目蓋を閉じれば未だに鮮明に思い出せるあの苦々しい記憶とは全く異なる口述。

 しかし凩の困惑を他所に篝は続ける。


「……それに、あのままお前と並び立つ者がいなければ。お前は鬼という目標を倒した末に抜け殻になっていただろう。それはお前の力への執着と復讐心を見れば容易に想像がつく。だからこそ、私と梶はお前がお前を保つ為のくびきになろうとした。……尤も、それも失敗してしまったがな」


 困惑が深まると共に疑念が鎌首をもたげる。

 どちらの有する記憶が正しいのだろうか、と。

 篝は少々前まで『霞の穏鬼』だった。対して凩は一般的とは言い難い境遇に置かれていたものの分類で言えば真っ当な人間である。ともすれば信憑性は凩に軍配が上がるのだが……しかし疑念は消えることはなかった。そして次の一言で疑念は驚愕に変化する事となるのだ。


「……私も梶も、お前を正気に引き止める事が出来なかった。ただそれだけの話だ」



♪ ♪ ♪



「冗談だろ、二人とも本当に戦死したってのか……」


 久しく見る快晴の夏空の下、灯篝を伴った灯紅蓮は思わずそう口にしていた。

 事の発端は昨日、長らく懇意にしている一舞にもしかしたら死ぬかもしれないから凩や家の事を宜しくといった旨を伝えられた事からだ。

 最初は冗談の類かと思っていたが舞の鬼気迫る表情を見てその考えを改めてこうして朝一番の見回りに乗り出した訳である。

 そしてその結果、見つけてしまったのが鎧を纏う白骨死体の側で男性の生首を抱いて泣き喚く少年の姿であった。


「……不味いな。頼まれたは良いがあの坊主、魔獣化しつつある」


 しかし、考えてみれば一晩で両親を失ったのだ。そうなるのも当然と言えば当然の事と言えた。

 それに加えて死体の状況も相当不味かった。嵐は首を千切られており、舞に至っては道連れの呪いを使ったのか白骨化。戦闘民族と名高いハザミの人間であっても吐き気を催すような有様だ。少なくとも齢五つの子供が見て正気でいられるようなものではない。


「篝、目ぇ閉じとけ。傷になる。……ったく、舞も嵐も厄介な仕事を残してくれたもんだ。手前のガキのことくらい何が何でも生き残って手前でどうにかしてやれってんだ」


 明らかに気乗りしない様子で件の少年に近付くと、少年の耳が足音に反応したのかピクリと動いた。それ自体は何らおかしな事は無い。しかしおかしいのはその形状だった。それは獣の耳だった。


 少年は緩慢な動作で振り向くと、その面を紅蓮に晒す。泣き腫らした赤い目元、澱んだ青色の虹彩、そして鋭く尖った牙。

 それは正しく魔獣のなりかけだった。


「案の定かよ」


 舌打ちをしながら尚もなりかけに近付けばなりかけは敵愾心を露わに低い唸り声を上げながら紅蓮に襲い掛かった。


「はぁ、馬鹿餓鬼が」


 しかし紅蓮は動じる事なく木刀を一振り。凄まじい速度で振われたそれはなりかけの横っ面を正確に捉えるとなりかけの意識を一撃で刈り取った。


「ちちうえ、もうめをあけてもかまわんか?」


「篝はまだ目ぇ閉じとけ。それと、言葉遣いを直せって常々言ってんだろうが。そんままだと一生貰い手に困る事になるぞ」


「ふむ、こころえた!」


 紅蓮は「駄目だこいつ」と肩を落としながら頭部のみの遺体と白骨死体と魔獣化が解けて普通の少年を順に眺めて、


「ったく、心底の馬鹿共がよ……」


 そう呟いた。

べ、別に序盤で篝のキャラを掴み損ねたからテコ入れしたわけじゃないんだからね!!

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