Atlach-Nacha【2】
確かに七時投稿です……朝だけれど。
いつの間にか寝ていたようで起きたら朝になっていた。
少し硬めのベッドから身を起こして関節をパキパキと小気味良く鳴らしながら昨夜の事を思い出していく。
俺はモンスターのデスパレードを乗り越えて念願のスキルを手にしたのだが、悲しいかな以降の記憶が無い。
だが、今さっきまで宿で寝ていたという事はきっと宿まで『魔王』が運んでくれたのだろう。
「……本当にツンデレさんだな、うちの『魔王』様は」
そう口にすると抗議するような、非難するような声が聞こえた。
この世界では悪し様に扱われる『魔王』ではあるが根はひどく優しいのだ。
昨晩獲得したスキルを確認しようとメニューを開くと――前見た時とは違って一部の表記が変化していた。
まず、黒塗りにされていた名前だが、少しずつではあるが黒塗りが剥がれて『杉原』の字が鮮明に見えるようになっていた。相変わらず続く二文字は黒塗りのままなのが謎だけれど悪くない傾向なのではなかろうか。
「でも、何でいきなり……」
とは言え、これは一体どう言う事なのか。
どういった基準で黒塗りが剥がれるのかいまいち判別出来なかった。
「まぁそこまで大事でも無いか」
それはさておき早速『Skill』画面を呼び出すと昨晩獲得した『加速』について確認する。
『加速 Lv1』
スキルを使用した時、プレイヤーの敏捷性を上昇させる。( Lv上昇で補正値上昇)
「……うわぁ、なんか見覚えのある書き方してるなぁ」
スキルの詳細に既視感を覚えたのだが、なんて事はない某カードゲームのテキストの書き方と同じだった。
時、場合、等々似たような表現の癖に効果処理の方法が異なったりで辟易とした思い出が蘇る。
「せめて『ジャッジ』とか『ラピッド』とかの表記にしてくれたら楽なのに……」
タイミングを逃す、とか逃さないとかの判別が非常に面倒なのだ。
何がともあれ新しく得た力だ。使用頻度と場面はしっかりと見極めて使うべきだろう。
「ジャック、朝食にするぞ」
「分かったかな」
……因みに今朝のジャックはカーテンと一緒に吊られていた。一体どんな寝相をしたらこうなるのか些か謎だ。
♪ ♪ ♪
朝食を取り終えた俺たちは昨日の少女との約束を守るべく移動を開始したのだが……。
「昨日と同じ場所に行くのは良いけど時間指定されてないからいつ行けば良いものかね」
そう、時間を指定していなかったのだ。
早く行き過ぎても待ちぼうけになりそうだし、ゴブリンのコロニーは日増しに大きくなるだろうから必然的にスタンピードが起る可能性は極大。下手したら少女と約束を果たす前に死ぬことも無いとは言い切れない。
「そうだねぇ、昨日はお昼くらいだったからお昼辺りに行けば良いんじゃないかな」
「そんなもんか……」
街を歩いていると、ふと見知った顔が視界の端を横切った。
「あれ、アイナさん?」
あの特徴的なアルカイックスマイルは他でもない、アイナさんのものだ。見間違えるはずが無い。
「どうしたのかなぁ?」
「あぁ、いや図書館でお世話になった人がいたからさ」
それにしても、どうしてアイナさんがここにいるのだろうか。今はもう図書館が開いている筈なのだが……。
「おや?」
と、訝しげな視線に気付いたのかアイナさんはこちらに顔を向けた。
「これはこれは、数日ぶりですね杉原清人さん。そちらの方は初めましてですかね?私は図書館の館長、アイナと申します♪」
……どこか引っかかるような挨拶だった。
だが、どこに違和感があるのか微妙に掴めない。
「今日は図書館の仕事は休みなんですか?」
「そうですね。午前中はお休みです。と言うのも、本日はこの地区の子供達の為にタロット占いをする事になっているんですよ♪」
「子供達?」
「えぇ、図書館の二階は育児施設も兼ねてますから。地域交流等も兼ねて読み聞かせだったり、占いだったりをするんです。因みに私の占いはよく当たるって評判なんですよ?」
「そうなんですか……」
そんな話をしていると――突如突風が吹いた。
いきなりの事で動揺したのかアイナさんの手からはタロットカードが五枚、ハラハラと空へ舞って行った。
咄嗟にタロットを集めようとしてその中の一枚だけは掴めたが他は努力虚しく他の四枚は石畳へと落ちてしまう。
「これはどうした事でしょう……」
残りのタロットカードが遠くまで飛ばなかったので俺は安堵の溜息を吐いた。
そのままタロットカードを拾おうとして――その手をアイナさんに遮られた。
「『塔』の正位置、『悪魔』の正位置に『運命の輪』正位置、そして……『死神』の正位置、ですか。逆位置が一枚も無い、貴方は数奇な運命をお持ちのようだ」
塔、悪魔、そして死神。確か困難や苦難を示すアルカナだったか。
総じて酷いラインナップだ。
「――貴方の掴んだそのタロットを見せてくれませんか?」
俺の手に握られていたのは――裸体の女性が描かれたカードだった。
「……清人」
ジャックが俺に軽蔑の視線を寄越した。
どうやら裸婦目当てに掴んだのだと思っているらしいが、生憎俺はカードの絵柄に欲情する程落ちぶれてはいないつもりだ。
「誤解だからな、ジャック」
誤解を解こうとする俺を他所にアイナさんはしげしげと興味深そうにそのカードを眺めていた。
「『The World』……『世界』、ですか」
『The world』と聞いてなんだか時が止まりそうだな、なんて場違いな感想を抱いた。
それを見るとアイナさんは笑みを深める。
「杉原清人さん。貴方はきっと、遠くない未来、想像を絶するような苦難が待ち受けているでしょう。しかし、それでも争い、闘い続ける意志があるのならば――」
アイナさんは指の先で器用にカードを回してニヤリと、いつもと違う笑みを浮かべていた。その笑みは何処か嘲笑するように不吉なものでありーーこの先に起きるであろう困難を予感させるものだった。
「逆転大勝利、なんて事があるかもしれませんね?」
そしてアイナさんはいつものアルカイックスマイルでそう言った。
「さぁ、運命が貴方を待っています。約束の場所に向かうと良いでしょう。それでは♪」
そう言うとアイナさんは去って行った。
「……あれ、俺ってアイナさんに名前教えたっけ?」
そのアルカナは示した……永劫、時と共に回り続ける残酷な運命の存在を……。
知恵の身を食べた人間は、その瞬間より旅人となった。しかし、アルカナは示すんだ……。その旅路の先に待つものが『絶対の終わり』だという事を。
いかなるものの行き着く先も……絶対の死であるという事を!
今更ペルソナにドはまりして、ペルソナっぽい話を入れたかったフレンズ。
アルカナの示す意味は結構吟味しましたよ……。




