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Tell me how strong you are【1】

凩の過去編。

 その日は気分の塞ぐような雨天だった。

 齢五つの一凩は外に出られない事を不満に思いつつ父の一嵐から剣術の指南を受けていた。

 この頃は近年稀に見る長雨であるらしく陽の光とはご無沙汰な日々が続いている。

 凩は最初こそ盛大な雨模様に心踊らせていたものの数日続く間に飽きが来て今ではすっかり気の抜けた様だ。


「弱ったな……こりゃあ指南にならんの」


 そんな息子の姿を見て苦笑するのは嵐だった。

 一家は代々ハザミの街を悪鬼羅刹から守る職を任されている。現在はその役割は嵐が担っているもののハザミに於いて殉職はさして珍しい事でも無い。故に幼い頃から可能な限り持てる技術を継承するのが通例となっている。

 のだが、やはりと言うか相手は遊びたい盛りやんちゃ盛りの子供である。反発される可能性が高い手前、強制するのも躊躇われる。


 どうしたものかと頭を悩ませていると、稽古場に一人の女性が立ち入った。


「そろそろ一休みしませんか?」


 盆の上に急須と人数分の湯呑みを持った女性だった。大柄でがっしりとした体格の嵐とは対照的にその身体は細く、白く。少しでも粗く扱えば最後、簡単に折れてしまいそうな、そんな儚い印象を与える彼女は凩の母、一舞だった。


「そうしたいのは山々なんやけどなぁ。……最近の長雨に影響してかどうにも最近の魔物の様子もおかしくなっとるし、こんな役職やから凩にゃあもっと強くなって貰いたいんやけどなぁ」


「あら、なら私に良い案が」


 舞は薄らと笑みを浮かべると「凩、こちらへ来なさいな」と手招きする。

 凩は素直に舞の元に向かうと、


「はいっと」


 地母神の如き表情をしながらも五歳児の足を払うと嵐が一息付くのに手放していた木刀を手に取るとそれを立ち上がろうとする凩の頭部に突き付けた。


「ちょ!? 舞さん!?」


 いきなりの凶行に慌てたのは嵐だった。


「いけませんよ。そんな風に怠けさせてしまっては。ハザミは危ないのですから、弱いと簡単に死んでしまいます。いつ如何なる場面でも強くあらねば」


 一舞の見た目は麗しの細君といった風である。

 しかし前提として此処は毎夜の様に悪鬼が跋扈する魔境ハザミだ。そんな場所に住む人間が、毎晩命懸けの戦いを繰り返す男の妻になった人物が果たして見た目通りの中身をしているだろうか。

 答えは否である。


「立ちなさいな。凩、そして木刀を握るのです」


「あ、あの舞さんや。流石にそれは……」


「子を想えばこそです。この子はいつかはこの役職を継いでこの街の平和を一手に担う事になる。私たちがいつ死ぬか分からぬ以上、嫌われたとしてもしっかりと仕込まねば」


 再び視線を凩に戻すと凩はきょとんとした顔をして、ややあって、


「うわぁぁぁぁあん!!」


 大泣きし始めた。母親に足をかけられ、挙句木刀を突き付けられればこうなるのも当然と言えば当然と言えた。


「いわんこっちゃない!! 凩、大丈夫か……」


「手出しは、無用です」


 嵐が手を伸ばそうとするがピシャリとそう言われ思わず手が止まる。


「さぁ、木刀を取りなさいな」


「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 ハザミの人間の辞書に容赦の文字は、無い。



♪ ♪ ♪



 かくして数日分の鍛練を取り戻すかの様な苛烈な鍛錬を終えた凩は満身創痍といった体だった。濃紺の作務衣は汗で変色しており、はだけた部分からは青いアザが浮かんでいる。

 一般的な感性からしてみれば虐待にしか見えないが、これでもれっきとした鍛練なのである。

 この場所に於いては弱さとは即ち死と同義であり、弱さとはそれだけで罪なのだから。

 ましてや一家は代々ハザミの治安を守る役職に就く事になっている為幼いながらにも同年代とは比べ物にならないくらいの力量が要求される。


「……」


 それはさておき、子供なら誰でも喜ぶであろう夕餉の時間。

 幼き日の凩は完全にご機嫌斜めだった。

 常に舞の方を睨み付けており、食事には一切手を付けていない。


「怖い顔をして、どうかしましたか?」


「どうもこうもあらへん!! なんやいきなりぼくとうでぶつわ、けるわ、なぐるわ!! いたいやろがい!!」


「安心して下さい。ちゃんと手加減はしていますから。ほら、骨は痛まないでしょう? それに怒る元気も残ってます。問題はありませんよ。それよりも今日の煮付けは美味ですよ」


「りふじんや!! なんでワリャばっかこんなにいたいことせんといかんのや!!」


「世界とは往々にして理不尽なものですよ。それに凩もお父ちゃんみたいに強くなりたいと常々口にしていたではありませんか。ならば鍛練あるのみです」


 バンと、怒れる凩の小さな手が机を強く叩いた。


「あれがたんれんなわけあるかっ!! かあちゃんはワリャがきらいでなぐっとるだけやろ!!」


「まさか、嫌いな人間の為にご飯を作る程私は寛容な人間ではありません。母は貴方を愛していますよ、凩」


「うそこけ!! このくそばばあ!!」


 凩は吐き捨てる様に叫ぶとドタドタと部屋を去って行った。その際嵐が手を伸ばし何事かを口にしようとしたが聞く耳持たぬであった。


「……舞さんや。他に何か無かったんか」


「これが最善ですよ。間違いなく。……しかし食事に手を付けないで。お腹も空いているでしょうに」


 凩を心配する舞を横目に嵐は「ままならないものだ」と凩と同じ燃えるような赤髪を掻き上げる。


「舞さんはええんか。凩に嫌われたまんま……天命が尽きてしまっても」


「ええ。構いませんとも。私が婆と罵られながら死んだとしても、それまでに積み上げられた知識と研鑽の日々が凩の中で生きているのならそれで」


 舞は先程とは違う、憂いを帯びた、それでいて自嘲的な笑みでもってそれに答える。


 一舞は見た目とは裏腹に強かである。しかし同時にどうしようもなく見た目通りの性質でもあったのだ。


「そんでも……死んだ母親を罵倒する子なんて見たか無いわ」


 彼女は卓越した技量と反比例するかの様に身体が弱かった。事実、医者には子を産めば死ぬ可能性が高いとも言われた。

 しかし舞は医者の反対を押し切り、それで産まれたのが凩だった。

 舞は我が子の誕生を大層喜んだのだが、生来の体の弱さが祟ってか、将又出産の反動か体調を崩しがちになった。凩の前でこそ弱った姿を見せないものの嵐は舞が倒れている場面と幾度と無く遭遇している。

 それでも尚強き母親たらんとするのはひとえに凩への愛故だ。


「でも、あの子が先に死んでしまう事を想えば嫌われた方が遥かにましです。……本当は強くあれなどと言いたくはありません。けれどもそれが凩の生に繋がるのなら。私はそれで良いのです」




 ハザミに於いて弱さとは死である。

 そして……強さとは生そのものであった。

つよさもとーめさまようこころいまーあつく(嫉妬の炎で)もーえてーるぅー

な状態の凩君に対するアンサー。


あとは、察してくれ。


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